○ ちいさな。 ○
「……ダークでも、風邪とか、ひくんだな」
ほんの少し暖かい部屋。窓の外に雨が降っているのを見ながら、
マルスは言った。言葉で表せないような、複雑な感情を顔に織り交ぜて。
それを聞いたダークリンクは、ベッドの上に寝たまま、
視線を僅かに、マルスの方へ動かした。銀色の髪が、合わせて揺れる。
「少し、意外だったよ」
「……そんなに意外か?」
「……うん。……そうだな」
純粋な疑問を、赤い瞳に乗せて問うダークリンクに、マルスは微笑む。
椅子に座りながら、手を伸ばして、
目にかかりそうな前髪を、そっと、横に避けてやりながら。
ダークリンクが廊下で急に倒れたのは、今朝のことだった。
咄嗟に抱きとめたファルコンが、何事か、と慌ててマリオに尋ねてみると、
平熱よりも、体温が高い。つまりは、熱。要するに、風邪。
とりあえず寝ていろという指示に従い、ダークリンクは素直に部屋に帰った。
階段から落ちでもしたら危ないから、と、ナナに支えられながら。
マルスはその場に居合わせなかったので、これはロイから聞いた話。
「ダークは?」
「……?」
「そんなに意外か、ってことは、前もこういうこと、あったのか?」
「…………。
……いや……。」
何度か、ゆっくりと瞬きをして、ダークリンクは、答える。
「……初めて……のような、気がする……。」
「だろ? だから、意外だな、って思ったんだ」
「…………」
倒れる前に自分で気づけと言われたが、そもそもこんなことが初めてだった。
確かに、いつもと少し違う、くらいには思ってはいたが。
どうやら魔物というものでも、病気にくらいはかかるらしい。
人間ではない、例えばピチュー辺りも、時折熱で寝込んだりしているので、
当然だと言えば、当然かもしれないが。
そこまで考えるには、かなりの時間を要したが、
マルスはその間何も言わずに、黙ってダークリンクを見つめていた。
そんなマルスに、再び視線を送る。
ダークリンクは、常より少しかすれた声で、静かに尋ねた。
「……暇……じゃ、ないのか?」
「え? ……ああ、ううん、別に……。
……ピカチュウが、帰ってくるまでだから」
ふわり、と微笑んで、マルスは言う。
今マルスがこの場にいるのは、ピカチュウの代わりなのだ。
氷枕を取り替えてくる、と言った、ピカチュウの代わり。
妙に時間がかかっている気はするが。
「それに、静かな時間は、嫌いじゃないから」
「…………」
いつも、うるさいのが、周りにいるから、と、笑うマルス。
頭の中にぼんやりと、赤い髪の少年を思い出して、
ダークリンクは、それとは気づかれないように納得した。
ロイとマルスを一緒にして考えているのを、マルスに知られると、
マルスの機嫌が悪くなるから、考えるなら気づかれないように、と、
リンクに言われていたのだ。
機嫌が悪くなる、ということの意味は、よくわからなかったが、
出来る限りしなければ良いことなのだ、ということはわかった。
元々物静かな二人なので、ふと黙ってしまうと、会話はまったく無くなる。
雨の音を聞きながら、二人はずっと、どこか違うところを見て、
違うことを考えていた。
静かな時間が、しばらく、流れた。
その、後。
「……、」
ダークリンクの耳が、小さな足音を捉えた。
「……あ……。」
ついでマルスも、その足音が聞こえたらしい。
ダークリンクと、答え合わせのように瞳を交わす。
人間よりも歩幅の小さい、あれは、ピカチュウの足音だ。
二人で確認しあうと、マルスは椅子から立ち上がった。
「行く、のか?」
「ああ。……今日は、ロイの傍に、いなくちゃいけないし」
「……そうなのか?」
「ああ。……、」
ダークリンクの問いに返し、マルスは手を伸ばした。
不思議そうにマルスを見る、その額に、そっと手をおく。
細い、冷たい手。
でも、不快ではないと、心の端で思う。
「僕には、平熱に思えるんだけど、ダークは、体温、低いんだよな」
「……ああ……、」
「そうか……。……。……それじゃあ、」
ふと、何かを思い立ったらしいマルスは、ベッドに腕をついたてた。
そして。
「…………、」
ダークリンクの、目の、少し上。
そっと、小さな、キスをおとす。
「…………」
「僕が小さな頃、よくやってもらってたんだ。
おまじない、だよ。早く、治るといいな」
少し照れくさそうに笑うマルス。
ダークリンクは、ほんの少し目を見開いて、マルスを見ている。
視線がくすぐったかったのか、マルスはすぐに、
ダークリンクに背中を向けた。
そのまま、部屋の出口に、向かう。
「それじゃあ」
一度だけ振り返ったマルスは、一言、そう言って、部屋から出て行った。
ぱたん、と閉まる扉を、ダークリンクはじっと見つめて。
あ、マルスさん。ありがとう。
うん、それじゃあ、ダークの世話、よろしくな。
そんな小さな会話が聞こえた頃、ダークリンクは、
おまじない、とやらをされたまぶたを、そっと手で押さえた。
「ダークさん、おまたせ」
「……ああ」
やがて、ピカチュウがやってきて、
ふれるだけのキスの小さな熱は、部屋にとけて、消えた。
だんだんカップリング詐欺になっているような気がしてきました。
マルスもダークさんも、うちでは受け側なので、
どうしても攻めっぽく書けないですね……。
これでも、かなり攻めテイストで王子を書いてみたつもりなのですが。
やはりそうは見えないのが難儀なところです。