○ 本の外側 ○




「リンク、あの……」
「? ……姫様?」

庭の隅の花壇の前にいたリンクは、声に呼ばれて振り返った。
その声で既に誰だかわかっていたが、そこにいたのはやはりゼルダで。
いつもの通り、控えめな視線を向けるゼルダに、
リンクはふ、と微笑みかけた。

「こんにちは。何か、オレに用事ですか?」
「こんにちは。……いえ、リビングから、貴方の姿が見えたから……」

何をしているのか、少し気になって、と続けるゼルダ。
リンクは少し不思議そうに首を傾げて、そして言った。

「特に、何かしてる、というわけではないんですが」
「……そ、……う、ですか……」

すみません、と笑うリンクに向けた視線を、
ゼルダは気恥ずかしそうに、その向こうの花壇に向けた。
いつも、気づけばたった一人が世話をしている花壇だ。
何も言わずに黙って、花の世話をしているそのたった一人の姿を、
ゼルダはよく見かけていた。

「……この、花壇……、」
「?」
「……花の蕾が、たくさんあるのですね。
 ……何の花が咲くのでしょうね」
「……そうですね。……暖かくなればわかりますよ、きっと」

花壇に目を向けて、リンクは言い、優しく微笑んだ。
その横顔を、ゼルダは見つめる。少し、哀しそうな瞳で。
そんな瞳に気づいたリンクがこちらを向いて、
ゼルダは慌てて顔をそらした。

「……姫様?」
「あ、いえ……! ご、ごめんなさい……!」
「……?」

人の顔を見て視線をそらすなんて、それではその人を嫌っているようである。
……嫌っているどころか、むしろその逆なのに、
どうしてこう人の気持ちというのは、なかなか素直ではないのだろうか。

ゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせた、その後で。
ゼルダは笑ってリンクに向き直った。

「何でも、ありません」
「そうですか? ……なら、別にいいんですけど」
「ええ……。……。……あの、リンク……」
「?」

その場を繋ぐように言葉を探して、ゼルダは名前を呼ぶ。
もう何度だって、口にした名前だ。
ゼルダにとって、とても大切な名前だった。

でも、大切だからこそこんなに不安になるのだとも、知っていた。

「……その……、……変なことを聞くと、思われるかもしれないのですが」
「……?」
「……もし……私が、……姫、で、なくても、……、」

リンクが自分を守ってくれるのは、自分が姫というものだからだ。
勇者は昔から、お姫さまを守って、世界を救うものだと、決まっている。
いくらだって聞かされた話。いくらだって出回っている童話。
それでもゼルダは、勇者だからリンクを想っているわけではなかった。

「……リンクは、私を……。……私の、近くに、いてくれますか」
「…………。」

ぽつり、と小さな声で尋ねる。ずっと怖くて聞けなかったことだ。
その瞳の先にいるのが、自分ではないことくらい、知っているけれど。
いつもリンクを見ているのだから。

長い沈黙。
リンクは驚きに目を見開いて、ゼルダを見ている。
やがてゼルダは、照れくさそうに微笑んで、
少し慌てたように、言った。

「いえ、ごめんなさい。……変なことを言いました、忘れて……」
「います、よ」
「…………。……え?」

はっきりと、耳に届いた、返事。
ゼルダは、思わず聞き返す。

「変なこと、などと仰るから、何だと思いましたけど」
「…………」
「オレは、姫様が『姫』だから、近くにいるわけではありません」

同じ、青い瞳がゼルダを見つめる。
真っ直ぐな、嘘の無い言葉だとわかる。
いつも支えられてきた。
リンクの、優しい笑顔と、優しい声に。

「もし、姫様が、姫、でなくても。
 世界が全部、姫様の敵になったとしても、」

言葉は本物だ。それなのに、

「オレは、姫様の近くで、姫様をお守りします。……そのための、オレですから」

少し哀しいのは、きっと、
リンクの思いとゼルダの想いとでは、意味が違うから。
きっと。

「まあ、もし、姫様がどこかの村娘だったりしたら、」
「……?」

それでも、心のどこかが嬉しいのは、

「オレは姫様を、ゼルダ、とお呼びするのかもしれませんけどね」
「……ええ。……そうですね   

この想いが、叶わないとわかっていても、
近くにいるだけで、嬉しくて、嬉しくて、
どうしようもないからなのだろうと、思った。

優しくて、強い、たった一人の勇者。
想いは叶わないと知っているけれど。

いつだって勇気を、元気をくれる、優しい微笑みを受けて、
ゼルダもまた、花のように優しく、微笑んだ。



実はうちのリンクって、マルスに劣らずすごい罪作りなんじゃ……。

票が入った中では唯一のノーマルカップリングでした。リンゼルです。
理想のリンゼルは、リンク=忠誠心、ゼルダ=恋心、なのですが、
それではあんまりですか……これでリンクが好きなのはマルスだってんだから、
すんごい鈍感ですね、あははははははは…… ……ごめんなさい。

あんまり書く機会がありませんが、楽しかったです。いかがでしたでしょうか。


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