○ ワールズエンド ○




「……あか」

店先に並んだ花の真ん中で、一つ一つに注意深く目を向けて。
長い耳をぴくぴく動かしながら、一つ一つ香りを覚えていく。
色の名前を反復しながら、それはまるで、子供が何かを覚えているような。

「……ぴんく」

赤い花、黄色い花、紫色の花、ピンクの花。
季節は春。
花屋の店先も、なんとなく華やかに思える季節だ。

「むらさき……」
「…………。……おーい。そろそろ、気、済んだか?」
「まだ。
 こっちが、きいろで、こっちが、オレンジー」

彼の小さな親友は、本当に小さいので、少し目を離すと、姿が見えなくなってしまう。
気配は感じるし、呼べば必ず返事をしてくれるので、行方不明になることは無いが。
花屋の前、ベンチに腰掛けたまま、リンクは、
花の入ったバケツのまわりをうろうろしながら、
一つ一つ、花を確かめているピカチュウの姿を、ぼーっと見ていた。

一体何を考えて、いきなり花の確認なんか始めたのか知らないが、
リンクとしてはかなり退屈だ。
森育ちの身である以上、同じ植物である花はもちろん嫌いではないが、
自然に生えていない植物は、どうもリンクにとっては別物らしく。
綺麗だと思う、思わないは別にして。

「それで、これが、しろ……。
 ……みどり…… ……種は、くろ……」

花屋はまるで、クレヨンか、色鉛筆を見ているようだ。
色々な色が一堂に集まった、決まった場所。
けれど。

「……あお、って、無いんだねぇ」
「……うん?」

ぽつり、と、ピカチュウの声が聞こえて。
リンクは、空を行く雲に向けていた視線を、ピカチュウに向けた。

「青?」
「そういえば、青い花、って見かけないなあ、と思って。
 どうしてかなあ」

自分より背の高い、筒状のバケツの中の花をじっと見つめながら、
ピカチュウはいつもとまったく変わらない、淡々とした口調で言った。
それを聞いて、リンクは一瞬きょとん、としたが、
すぐにいつもの調子を取り戻す。

「ああ、それなら。
 青は、空と海の色だからさ」
「?」

世間話の口調からまったく外れずに、話し出す。
ピカチュウがこちらを向いて、首を傾げた。

「空と海は、永遠に世界を守るもの、って意味で、どっちも同じ色をもらったんだ。
 それが、青、っていう色で」
「うん」
「二つは、この色を、誇りに思ってたんだな。で、すごく気に入ってた。
 だから、地上に青い色があると、
 自分達以外の青い色なんか認めない、って、すごく怒るんだよ」
「……うん」

青い空。
青い海。

「空は怒ると、雲で隠れて。海は怒ると、荒れるんだ。
 世界を守るためのものが、世界を滅ぼしにかかる。
 だから地上には、できるだけ、青い色は使わないようにしよう、って」
「世界を、守るために?」
「そういうことだな。
 ……っていう、おとぎばなし」
「…………」

にっこりと笑って、リンクは話を締めた。

ピカチュウは、空を見て、花を見て、
リンクの瞳を、じっと見つめる。

「リンクは、それを、信じているの?」
「え?」

思ってもみなかった質問。
軽く笑って、答える。

「まさか。だって、オレの瞳も、青いだろ。
 青い花だって、無いわけじゃないしさ」
「うん……」

小さく頷いたが、ピカチュウは何故か、すっきりとしない顔で。

そして、

「……ねー、リンク」
「うん?」
「リンク、すきなひと、って、いるの?」
「……は?」

こくん、とかわいらしく首を傾げて、ピカチュウが訊ねたことは。
とても唐突だった。

たっぷりと間を空けてから、リンクはいつもと同じ、
少し困ったような笑顔で、答える。

「いないよ。
 オレは多分、そういうの、向いてないから」
「…………」
「でも、それが、どうしたんだ?」
「……別に……、」

ピカチュウは、もう一度花を見渡してから、たたたっ、とリンクに駆け寄った。
地面を蹴って、ベンチに座るリンクの膝の上に着地する。
すっかり慣れてしまった重さ。リンクはピカチュウの頭を撫でてから、
青い瞳を、空に向けた。

おいで、と言うと、ピカチュウはリンクの頭の上に戻ってくる。
それを確かめて、リンクは立ち上がり、歩き出した。

「……リンクは、」
「?」
「……青い花みたいな人を、好きになりそうな気がする」
「……は?」

瞳は、いつも何かを映している。
朝焼け、青空、夕焼け、暗闇。
くるくると変わる瞳の中は、まるでころころと色が変わるように見えた。
そして、花は。

花は散る。
手で触れれば、短い寿命を終えれば、あっという間に。
手元に残しておくことができない。
青。

「何だよ、それ」
「んー、別に、なんとなく……。
 ……もう帰るよね?」
「ああ、帰るよ。だって、今日だったはずだろ?」

二人は知らない。
これから先の未来。

「屋敷に、新しい住人がくるのって。
    仲良くなれると、いいな」





その後、帰った屋敷の前、門のところで。
真っ赤な髪の、背の低い少年と。
少女のような青年が、喧嘩をしていた。

その人の、青が。
何を示すのか。

まだ誰も、何も、運命なんて言葉を感じたことがなかった。
すべてのはじまりは、そんな春の日だった。



スマデラ屋敷の始まりは11月かなと今まで思ってたんですが、
私がスマデラを始めたのは春だったので、これからは春で統一しようかと思います。

で、リンピカです。
いつのまにかロイマルを凌いでいました、喜ぶべきなのか……喜んでおこう。
しかし話はリンピカというよりリンマルです……ね。すみません。

自分の妄想の産物のくせにリンピカには並々ならぬ思い入れができてしまったので、
これからも二人はきっとこんな感じです。

それではお付き合い下さった方全ての方に、ありがとうございました。


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