○ 気持ちの名前 ○
諦められればどんなにか楽だろうと思う。
自分の気持ちの矛盾には気づいてる。
彼が幸せなら、笑っていればと、そんなことを思っているのに、
そいつと一緒にいて、幸せそうに笑っていると、
心のどこかが、針で刺したように、痛む。
諦められればどんなにか楽だろうと思う。
自分の気持ちの矛盾には気づいてる。
そんなことを思っては、自分を嘲笑って、少し落ち込んで、繰り返し。
わかっては、いるのに。
「……リンク?」
「っ!? っ、あ、マルス……」
リビングのソファーに腰掛け、あれこれと考えていたリンクは、
自分を呼ぶ声で、はじかれたように顔を上げた。
目の前にいたのは、まさに今考えていたその人であり、
どうにも罪悪感を覚えてしまう。
別に、悪いことでは、ないくせに。
膝に手を当てて、マルスは、リンクを覗き込むような姿勢をしている。
藍色の瞳には、青い前髪が落ちて、ほんの少し、影をつくっていた。
「どうしたんだ? 何か、ぼーっとしてたけど」
「……あ……。……いや、何でもないんだ」
リンクは苦笑して、片手をひらひらと振る。
まさか、マルスのことを考えていたなどと、本人の前で言えるわけもない。
内容が内容だっただけ、余計に。
こくん、と首を傾げるマルスは、それでも納得してくれたらしい。
ふんわりと、無防備に微笑んで、告げる。
「そうか。……なら、良いんだけど」
「…………。」
微笑みを向けられ、リンクは押し黙った。
ソファーの肘掛けの上で、手を握りしめる。
この王子様は、自分がどんな顔をしているのか、ちっともわかっていない。
普段が無表情なだけに、そんな顔をすると、
無駄に他人を惹きつけてやまないというのに。
耐えろオレ、と、心のどこかで自分を叱咤しつつマルスに謝り、
リンクはうっかりマルスに触れてしまいそうな衝動を抑えた。
わかってる。わかってはいる。
今ここで触れたりなんかすれば、間違いなく、彼の逆鱗に触れる。
きっとマルスは、笑って許してくれるだろうけど。
それに。
「……マルスは、」
「?」
マルスの、誰にでも向けるような、優しい表情は、
マルスの本心から生まれたものでも、けっして本音ではない。
ほんの少しの悔しさを取り払うために、
リンクはマルスに微笑みかける。
「よく笑うように、なったよな」
「……。……そう、かな」
「そうだよ。ほら、屋敷に来たころは、ずっと恐い顔してただろ」
「……。……そうだったかも、な」
唇に指を寄せて、マルスは困ったように微笑む。
無表情、という名前の殻は、今ではすっかり取り去られていて、
少し気を許した相手になら、こんなふうに、
いろいろな表情を、してみせる。
「ロイの、お陰だな」
「……うん」
自分の感情を隠すのが上手になったのは、一体いつからだっただろう。
幸せそうに笑うマルスは、
リンクの目には、とてもとても優しくうつるのに。
「……でも、リンク」
「?」
それなのに。
そう、いつもそうだ。
マルスは。
「僕が……。ロイへの気持ちを、ちゃんと確かめることができたのは、」
「…………」
「あの頃、リンクが、僕の話を聞いて、勇気づけてくれたからだろ?」
「…………そう、なのか?」
「そうだよ。だから、僕が、笑うようになったのは、」
リンクの気持ちになんて、少しだって気づかない。
呆れるほどに鈍感で、そして哀しくなるほどに優しく、脆い王子様。
いっそ、冷たくしてくれればどれほど気が楽かと思うのに。
「ロイ、だけじゃなくて。
リンクのお陰だとも、思うんだ」
「…………っ……。」
マルスはいつも、こんなことを言う。
人の感情が絡むと、的外れでどうしようもないことばかり言うくせに。
時々こんな風に、リンクの心のどこかをうめる。
親友、という、限りなく確かで、限りなく不安定な立場。
そんなもの一つで。
「…………」
望んでいるのは、手を出したくてもけっして出せない、
そんな立場では、ないけれど。
「……ありがとう」
にこ、と、今ではよく見せてくれるようになった、微笑みに。
リンクも、笑って返した。
心のどこかはとても嬉しいのに、胸の奥はとても哀しかった。
「オレなんかが、お前の何かになれるなら、嬉しいよ」
「……うん。だから僕は、リンクが困った時は、リンクの力になるから」
「そっか。……本当に、ありがとな」
「ああ」
まるで子供のように笑ったマルスは、それだけの用件を済ませると、
リンクに、くるりと背中を向けた。
強いふりをしていても、とても弱い立ち姿。
どこまでも綺麗な、心。
どれだけ苦しくても、どれだけ悩んでも。
だから守りたいと思うのだと、そう思う。
やがて、リビングからマルスの姿は消えて、部屋にはリンクが残った。
針が時を刻む音に、紛れて。
「……困った時は、力になる、か。
……半分は、もう叶ってるけど」
静かな。
けっして見せてはいけない、本当の心。
「……半分は、絶対に叶わないなんて。
……言えないよな。」
くす、と。
情けない苦笑を浮かべて、呟く。
知らなかった方が良かったかもしれない気持ち。
でもけっして、後悔なんかはしていない。
もうかなり昔、その気持ちの名前を、恋と呼んだ。
たった一人の小さな親友以外の、誰も知らないけれど。
企画でくらい恋人同士で書いてやれよと思う。
ですがやはり片想いでこそリンマルだろうと心を鬼にして……。
「片想いで!」という声もいただいたことですし(笑)。
ずっと片想い、を覚悟しているリンクですが、
やっぱり心のどこかでは、悲しくも思っているはずと思います。
だけどそれを認めてしまうと、ロイも王子もきっと悲しむので。
つくづく不器用な苦労人です。
せっかく企画なのに、切ないお話でごめんなさい〜……(苦笑)