○ 真っ赤な若葉 ○




ざ。

「………………」
「……は? ……って、おい、何やってるんだ!?」

やたら短い効果音。それはまるで、何かが切れたような。
何だと思って顔を上げたら、そこにはおよそ予想できる範囲内の光景が広がっていた。

読んでいた本をその辺に放り出し、リンクは慌てて向かい側のソファーへ跳んでいく。
向かい側にいたのは、自分の半身、とも言える、影の魔物。
ダークリンク、という名前がつけられた。

そしてそのダークリンクに、今、何が起こっているのかといえば。

「………………」
「大丈夫か? ……、ああもう、大分切れてるな……」

左手にはくだものナイフ。
膝の上には、おそらく右手から落ちたのであろう、りんごが一つ。
その右手からは   真っ赤な血を流して。

「見せてみろよ、……ほら」
「…………」
「よく、そんなもの、やってみようなんて思ったな……」

呆然としているダークリンクを見て、リンクは盛大に溜息をついた。
ダークリンクは、リンクからできた魔物なのだ。
ということは、色素以外のほとんどはリンクに似ているはずだし、
つまり料理の才能は、皆無に等しいはず。……と、リンクは思っている。

自然な動作で、ダークリンクの右手を取り、左手のナイフを取り上げる。
取り上げたナイフは、その辺のテーブルに置いて。
傷がついて血が流れている、ダークリンクの色素の薄い指を見ながら、
ああ、こいつの血も赤いんだな、と、リンクはぼんやり考える。
舐めておけば治るような気もするが、さてどうしようかと思い始めたところ、

「……ピカチュウ、が」
「? ピカチュウ?」

ダークリンクが、ぽつりと言った。

「さっき、これが食べたいと言っていたから」
「…………。」

それを聞いたリンクは、思わずその場でかたまってしまった。

「…………」
「…………」
「…………勇者?」
「! ……あ、」

たっぷり20秒ほど間を置いてから、リンクはダークリンクの声で我に返った。
ぶんぶんと首を振って、なんとか平静を取り戻す。

「…………俺は、何か、おかしなことを言ったか?」
「……いや、……別に……。」

ぐったり疲れた顔をしながら、リンクは思わず視線をそらした。
……ダークリンクが、誰かのささやかなお願いを、叶えようとするなんて。
しかもその相手はピカチュウだと言うのだから。
やはり彼は、自分の影から生まれた魔物なのだなと、嫌と言うほど思い知る。

まあ、そこまで成長できているという点では、
喜んでも、いいのだろうか。
そこまで考えて。

「……。……喜んでどーする、オレ……」
「……よろこぶ?」
「……あー、何でもない。それより、」

心底むなしくなった。嫌っていたつもりが、いつの間にかすっかり親心である。
自分はどこまでお人好しなんだと悲しくなったところで、
リンクは気持ちを切り替えるように、握っていた彼の右手を握り返した。
そして。

「とりあえず、後で絆創膏か何か、貼っておくから。
 今は、じっとしとけよ」
「? ……何、……っ!」

それが当然、とでもいうように慣れた動作で、
ダークリンクの指にできた傷に、そっと舌を絡めた。

「……っ」

途端、身体を強張らせたダークリンクは、
珍しく慌てた様子で、空いている左手で右の手首を強く掴んだ。
まるで何かを、耐えるように。

春先の雨のような生温かい温度が、真っ赤な血を奪い去っていく。
リンクは、ダークリンクが逃げ出さないように、
しっかりと手を握ったまま。

やがて、

「……ん、よし」
「…………っ……。」

指を汚していた血を舐め終わり、傷の血が完全に止まったところで、
リンクはようやく、小さな切り傷の治療を終えた。

「とりあえず血は止まったし、もう大丈夫だと思……、…………。
 ……おーい。ダーク?」
「っ!!」

いつまでも表情が固まったままのダークの顔を覗き込んで、
リンクは思わず名前を呼ぶ。
その手は、まだ握り締めたまま。

「……どうしたんだ?」
「……何……でも……」

ダークリンクにしては妙に落ち着かない様子が珍しく、リンクは首を傾げる。
自分は、手当にと傷を舐めていただけだ。
別に何も、おかしなことはしていない。

残念ながらリンクは、ダークリンクに対してそこまで気が回らなかった。

生温かな感触。
魔物とはいえ、感覚が無いわけではない。
一体、どんなことを思ったのか。
ダークリンクが自覚しない限り、リンクに知る術は無かった。

「……勇、者」
「ん?」
「……手を……」
「手? ……あ。悪い」

言われてようやく気づいたらしい、リンクは握っていた手を、ぱっと離した。
自由になった瞬間、ダークリンクは慌てた様子で、左手で右手を包み込む。
落ち着かないように傷のある右手を見つめるダークリンクを、どんなふうに勘違いしたのか、
リンクは勝手に納得して、頷いた。

「やっぱり、今すぐ絆創膏いるよな。とってくる」
「…………」
「動くなよ。そんなに怪我が気になるなら、料理なんかしようとしなきゃいーのに……」

ぶつぶつと半ば愚痴に走りながら、リンクはソファーから離れ、救急箱を取りに行く。
その背中をほんの少し視線で追った後で、
ダークリンクはすぐにまた、小さな傷を負った右手に視線を落とした。
違う、別に、怪我が気になっているわけではない。
もっと、別の。
おかしいのは、リンクが、あんなことをしてからだ。

「…………。」

怪我が気になるのを隠すように、ダークリンクは、傷口をそっと口に寄せた。
膝の上にはまだ、りんごが転がっている。
そうだ、これを、ピカチュウに届けなければいけない。
皮は向けなかったから、このままでも。
このままでも食べられないことは無い。
大丈夫だろう。
たぶん。

気を紛らわしたくて、ダークリンクはりんごを手に取り、立ち上がる。
ピカチュウはどこへ行っただろう。
辺りを見回していると、救急箱を持ってきたリンクが帰ってきて、
動くなって言っただろ、と、彼には珍しい言葉を吐いたりしたが。

「ほら」
「……あり……がとう」
「…………。
 ……どういたしまして」

たどたどしくお礼を言ったダークリンクの髪に、リンクの手が伸びてくる。
ふわり、と髪を撫でて、すぐに背中を向ける、勇者の背中。
何だろう、この、もどかしさは。
お互いのことがわかっているようで、二人はまったくわかっていない。

胸の奥。
こころの中。

少しずつ、芽生えだしている心の名前を、二人は知らない。



結構らぶらぶだ……何でだ……。
甘い感じのリンダーが需要あるかはわからないんですが、
どうしてリンクでこういうの書くと、途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのでしょうか。

いろいろすみませんでした。


SmaBro's text INDEX