○ 薄氷に立つように ○




儚げな印象。
華奢な身体、細い手首。
そんな、
壊れそうに危うい雰囲気など、微塵も感じさせないような、

   強く強く、光の中、真っ直ぐに立つ、姿を。






「……、……うん、そこで、終わり」

マルスのそんな台詞で、ダークリンクは、マルスの腕に包帯を巻くのをやめた。
裾をハサミで切ると、マルスは、後は自分で後始末をし始める。
包帯が落ちないようにテープで留めたり、糸くずを拾ったり。
てきぱきとしているのに、どこかゆったりとした動作を、ダークリンクはじっと見ている。

マルスは、二週間前から昨日まで、自分の“世界”に帰っていた。
里帰り、という穏やかなものではないことは、
出発前、手紙を受け取った時のマルスの様子から見て取れたが、
どれほど壮絶な『一時帰宅』だったのか、想定できた者は、屋敷中で一人もいなかった。

昨日、マルスは、帰ってきた。
   全身至るところに、見てわかるほどの怪我をして。

誰よりも速く駆け寄ったロイに、それでもマルスは微笑みかけた。
あまり遅くなると、ロイがうるさいから、と、静かに言って。
そのまま、気を失ったように眠ったマルスは、
それから一日後、つい先程、ようやく目を覚ましたばかりだった。

そして今、ダークリンクは、
食事を作っているロイの代わりに、マルスの怪我の、包帯を替える手伝いをしていた。
剣で斬られた、槍で刺された、目に見えてわかる傷痕はあまりにも痛々しいが、
ダークリンクは、それをまったく気にしなかった。……常、ならば。

「…………お前は……」
「?」

そう、本来なら。
ダークリンクは、自分のものも含め、傷痕というものを特別視はしない。
戦いの跡。ただ、それだけの認識。
それはダークリンクにとって、怪我をする、ということが、
どれほどのことなのか、よくわかっていないからかもしれなかった。

「…………どうして、戦うんだ? ……こんな怪我を、しておいて」
「……え……。」

きょとん、と目をまるくして、マルスはダークリンクを見つめる。
その視線がダークリンクの心を掻き乱すと、マルスは知らない。
マルスは視線を適当な場所へ泳がし、何かを考えるようなしぐさを見せる。
やがて。

「僕の、大切なものを、守りたいから」
「…………」

きっぱりと、だけれど激した様子は無く、静かに言った。

何を守るというのだろう。
こんな怪我をしておいて、そんな華奢な身体で。
それでも、細い手首に剣を握りしめて、
真っ赤な血を浴びて、走って走って、立ち尽くす姿は。
どうしても納得がいかなかった。

これは、誰の、気持ち、というものなのだろう。
ダークリンクは、苛立たしげに瞳を伏せる。
感情がわからない、知らないはずのダークリンクにしては、
妙に感情に流されたような様子で。

「……守る、守ると言って、お前は、」
「……?」

言葉があふれてくる。こんなものは知らない。
この言葉が、この声が、自分のものなのかわからない。
だからわからない   何を言っているのか。

「……自分を守ろうとするものには、まったく目を向けないんだな」
「……!」

誰のものかわからない言葉に反応し、身体を一瞬、後ろに下げたマルスに、
ダークリンクは反射的に腕を伸ばした。
自分の心を、気持ちというものを、自分でも理解できない。
ただ、捕まえたいと思っただけだ。それが衝動として動いた。

「…………っ……、」

目の前の細い身体を抱きしめる。
腕の中のマルスが、怖がってると知っていて。
これは、誰の気持ちなのだろう。

「……ダーク、……何、して、」

マルスが抗議の声を上げたが、聞こえないふりをした。
襟と髪の先に隠れた、見えないような白い首筋に、
受け止めきれない衝動のまま、痕を残すように、歯を立てた。

わからない、もう、自分でも。……どんな意味を持つのか。

「痛ッ……!!」
「…………っ、」

息の詰まるような声で、ダークリンクはようやく我に返った。
さらり、と流れる銀髪が離れて、マルスは短い間隔で呼吸を繰り返す。
痛みを感じる首筋に手を当てて、何か、信じられないものを見るような目で、
ダークリンクを見た。
当の本人は、困惑したような表情を浮かべていたが。

「……ダーク?」
「…………」
「……リン、ク……?」
「…………違う……、」

違わない。
そうだ、これは。
きっと、ダークリンクのものではない、彼のものだ。
咄嗟に隠そうとしたのは、彼がそう望んでいるから。
きっと。

「……俺は、あいつなんかじゃない」

けれど、
違う。
わかっている。どんな言葉を囁いても、どんな行動をとっても。
自分はたった一人の勇者のものだ。
自分が自分ではない。
だから行動には、意味が無い。
きっと。

「……そう、か……」

低い呟きに、マルスは何故か、どこか安心したように息を吐いた。
意図がわからずに、ダークリンクは首を傾げる。
するとマルスは、ダークリンクに視線を向けて、ふわり、と笑った。
やわらかい春のような、だけど雪の残る寂しさを残して。

「……何でも、ないよ。ただ、少し、安心しただけだから……」
「……安心?」
「……うん。……だって、僕は、リンクのことを、大切な親友だと思っているから」
「…………」

親友、とか。
恋人、とか。
ダークリンクには、わからない。
ただ、
どちらも、
とても危うい、違いしか無いように思えた。

「……リンクに、そういう気持ちを向けられていたら、どうしようかと思った」
「…………」
「……僕は……。……一人の気持ちも本当は、受け入れることができていないのに」
「…………、」

それは、例えば。

薄氷の上に立っている、ような。

「親友同士だから、僕が馬鹿なことをしない限り、
 リンクも、ダークのことも、傷つけはしないだろ?」

炎のような、赤い少年の想いを受け止めようと、マルスは必死だった。
人の気持ちを拒否し続けるのを止めて、自分からも態度で示そう、と。
それは、たった一人、赤い少年にしか向けられない。
マルスは、ロイ以外の特別な想いを、受け止めることができない。

その言葉は、二人ぶんの嘘の上に成っていることを。
マルスが、知ることは、無い。

   だから……、」
「…………」

何かの破片のように、マルスの言葉がどこかに突き刺さる。
痛みなんかけっして感じないはずなのに、ダークリンクはどこかが痛かった。
それでもマルスを傷つけることはできない。
どれだけ傷ついても、それを悟られるような真似をしたくない。

この気持ちが、
自分のものなのか、それとも、
嘘をつき続ける勇者のものなのか、
知らないけど。

マルスがこれ以上、外に目を向けないだろうことは知っている。
それはきっと、マルスが、心のどこかで、傷つけることを拒否しているからだ。
特別な想いを拒否されると、人間は傷つくのだと、
ダークリンクは、誰かに聞いたことがあった。
マルスには今、大切な人がいて。その人も、マルスを大切に大切に思っていて。
それ以外の想いは受け止められない。
だから誰かを傷つける。

だから、だから誰かに、そんな想いを向けられるのは、困ると、マルスは言う。
その言葉が、誰かを傷つけていると知らずに。


静かな部屋で。
華奢な王子は、誰かの守りを否定する。
親友以上にはいかなくなる。
何も失わないために。

だから、こんな、叶わない気持ちは、無意味で不必要だと言って。
ダークリンクは、それで全てを許容した。



どうしてもこんな抽象的な話しか出ませんでした。
空気と勢いで読んで下さい、すみません……。
やった! ダー×マルっぽい! と思ったんですが、これじゃリンマルですな……。

ダークさんがマルスに恋心を持ったら、それは誰の気持ちなのでしょう。
基本的にダークさんはリンクと同一人物だと考えているのですが、
そうなるとそれはリンクの気持ちか、それともやはりダークさんのものでしょうか?
しかしいずれにせよ、マルスはそれを否定するのです。ロイがいるから。
……と、いう話でした。


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