アンチスウィート症候群
 暖炉の火が強すぎやしないか。違う、これは、二人でいるからあついんだ。そんな余所事を考えていたら、床に押しつけられた肩に、鈍い痛みが走った。いつの間にこんなに力が強くなったのだろう、そういえば手もやたら大きくなった   どうしてこんなことになったんだっけ。ぐるりと廻って出発点に帰ってきた思考は、口の中でとけるチョコレートの濃密な匂いにかき消された。背中をやんわりと押し返すカーペットがやけに温かく思えて、頭がくらくらする。
 歯列をなぞっていた舌が、口腔へ潜り込んでくる。やわらかいんだか何なんだか、何度たしかめてもよくわからない。無言、静寂。ざらつく感触。くぐもる水の音が、いやに耳の奥を騒がせる。それがなんとなく恐ろしく思えて逃げていたのに、いつの間にか自分の舌も絡め取られていた。息が出来ない。苦しくなって身を捩れば、身体ごと圧し掛かられた。押しつけられた胸を通して、鼓動が伝わってしまうのではないかと怖くなった。
 二つの吐息の間から、声が漏れる。口の中のチョコレートはすっかりとけてなくなってしまって、あとには、甘ったるい香りだけが残っていた。
「ん、う……。っふ……」
 手をとられ指を絡められ、身動きは完全に封じられた。うっすらと瞳を開く。好き放題にはねた茶色の髪と天井、視線をずらすと、窓の外の景色が見えた。相変わらずの雪模様だ。ネヴァサの春は、きっとまだまだ遠い。
 瞬間、ふと、息苦しさがなくなった。唇の端から唾液が零れ、二人を繋ぐ銀色の糸が光をはじく。
「……、は……」
「また、何か考えてる」
 ぼやけた思考に酸素を補給しながら、レオナルドは声を聴いている。曇り空のような、灰色の瞳を見つめる。心が見えない。こういうときは、怒っているのだ。でも、どうして。なぜ彼は、怒っているのだろう。
    どうしてこんなことになったんだっけ。今日はそういう日だから、昨日作っておいたチョコレートケーキを贈って。その時は喜んでくれていた、笑顔が、嬉しかった。食べてもいいかと訊くからいいよと言って、せっかくだからと、自分も、城の人、街の人にもらったチョコレートを食べようとして、取り出して   
「……おいしく、なかった?」
「おいしかったよ。おいしかったけど」
 こつんと額がぶつけられる。頬が熱っぽい、それ以上に、眼差しが熱い。
「おまえが、たりないんだ」
 耳をくすぐるように、体ごと奪われるように、さらわれるように宣言された。これはもう、どうにもならない。とけはじめたチョコレートは、もう元のかたちは取り戻さない。
 ベルトの金具を外され、シャツの裾から手が入ってくる。ひんやりとした体温にぞっとしながら、レオナルドは大人しく目を閉じた。

-END-

(11,02,14)
バレン……タイン……?

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