旅の途中
 傷薬を丁寧に塗り込めたエディの右腕に包帯を巻き終えたレオナルドは、まじまじとそれを見つめていた灰色の瞳を、むくれるように軽く睨みつけた。
 空は昼下がり。廃屋の床に並んで座るエディとレオナルドの様子を、少し離れたところで、ノイスが見ている。
 怪我を繰り返すエディ。それをきちんと手当てした後、機嫌が悪くなるレオナルド。その光景は本当にいつものことなので、ノイスにはこの後に起こることが、当たり前のように想像出来た。
「……エディ」
「ん? なに」
 そして、その想像通りに。レオナルドの硬い声が、ぽつりとエディの名前を呼ぶ。
「……また聞いてくれなかった……」
「……う。わ、悪かったって! 次からはちゃんと、」
「僕の話を聞き流すの? ……なら、ちゃんとしなくていい」
「なんでそうなるんだよ……だいじょうぶだって」
「……このことばっかりは、あてにならない」
「なんでだよ! 信じてくれたっていいだろ!?」
 日頃の行いを省みてから言ってよ、と続けたレオナルドは、それでも本気で突っ撥ねているような雰囲気は無い。彼に返すエディもまた、軽く拗ねてはいるが怒ってはいない。
 いつものことだ。終わりの無い、ささやかな言い合いは。
 いつものことだからこそ止めようが無いと知っているノイスは、ひとつ、溜息を吐いて。
「レオナルド、」
「? ノイス?」
 ゆっくりとレオナルドに歩み寄り、そして、頭の上から降らせるように、声をかけた。
「……腕」
「うで?」
 こくん、と首をかしげるレオナルドと、それを不思議そうに見ているエディ。もう一度、ノイスは多少大げさに溜息を吐く。そして。
 ノイスはいきなり、レオナルドの左腕を掴み上げた。乱暴にはならない程度の力で、だけど多少、無理矢理に。
「痛っ……!」
「! レオナルド!?」
「まったく。やっぱりか……」
 掴んだ手首を放してやって、ノイスはレオナルドに、腕を見せろと言う。紺青の瞳を見上げ、その後、しばらく視線を彷徨わせてから、レオナルドはようやく観念した。
 籠手を外し、シャツの袖を捲り上げる。日に焼けていない、ほっそりとした白い腕。
 血で汚れた包帯が、その腕を無理に締めている。  のを見て、まず真っ先に、エディが怒鳴るように叫んだ。
「レオナルド! どうしたんだよ、それ!?」
「え、あ……。……その、」
「よく我慢してたな。……こんな時の為の傷薬だろうに。
 ほら、レオナルド。説教は後だ。とりあえず、包帯を外せ」
「……う……。」
 先程までの言い合いとは一転、睨みつけられる側になったレオナルドは、おずおずと包帯に指をかけた。思いっきり気の進まない様子だったが、ノイスが促すと手が進んだ。
 時折、べり、と、血液が固まった皮膚から包帯を剥がす音が、三人の耳に届いて消える。そのたびにレオナルドが顔を顰めるのを、エディが心配そうに見つめて。
 痛々しい傷跡が完全に晒されると、ノイスは三度目の、今までで一番深い溜息を吐いた。
「何で、もっと早く言わなかった。痛かっただろ」
「……だ、って…… ……その、」
 ノイスの手はレオナルドの手首を支えながら、洗った方が良いんだろうけどな、と苦々しげに呟く。傷薬を絡めた指が触れると、今度は沁みて痛いらしい、レオナルドは小さく声を上げた。
 自業自得と言えばとてもそうである痛みに耐えながら、レオナルドはノイスを見上げて、白状する。
「……傷薬は……。
 ……エディの怪我のために、とっておこう、と思って……」
「……っえ。それって、まさかっ」
「まあ、だろうと思ったがな……。
 ……だそうだ、エディ。少しは気をつけようって気になったか?」
 軽く落ち込んだらしい、みるみる元気が無くなっていくエディの背中。だから言いたくなかったのに、と、俯くレオナルド。
「おまえもだ、レオナルド。
 エディの代わりにおまえが無理をしたら、意味が無い。良いな?」
「……はい」
 金色の頭を軽く小突いて、短い説教の言葉が始まり、終わる。
 年寄り臭いな、とうっかり呟いたエディをぱこんと叩いたが、ノイスはすぐにレオナルドの治療に戻った。

-END-

(08,03,12)
三人旅は和みます。おとうさーん。

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