結局、人の温もりに触れることとは、ひどく簡単なことだと少年は思う。金具を外して紐を解いて、星明かりの下に晒された肌を指で辿る。それだけだ。触った肌は同じ人間のものであり、首に触れれば脈が聞こえる。
月の光のような金色の髪を鼻先で避けて、白い首筋に噛み付けば、身の下に組み敷いた線の細い体が、大きく震えて反応を示した。
「……ぁ……。……あ、や……っ……、」
熱の在り処を揺らせて圧すと、必死に押し殺していた声が、唇から漏れて耳まで届く。普段の大人しい、落ち着いた外見、人となりや立ち振る舞いからは、想像も出来ないような甘ったるい響きを持って。
汗で額に貼りついた前髪を払い、額、瞳、耳朶まで、少年は彼にたくさんの口づけを落とす。震える睫毛や、零れる涙には、気づかないふりをして。
彼は顔の横に放り出した手を無意識で口に持ってゆき、無意識のままに甲を噛む。
悪意の無い悪意を勝手に感じ取り、苛立ちを感じた少年は、いっそう強く彼を揺さぶった。
「や、……待っ……! ッあ、あ、あぁっ……!」
「……手、」
顔の輪郭を舌先で辿る。今度聞こえたのは、噛み合わない奥歯がかちかちとぶつかる、小さな音だった。
そっと手を外してやり、喰い千切らんばかりにつけられた傷跡に、愛おしそうに口づける。
「怪我したら、どうするんだよ。せっかく、きれいなのに」
「ふ……あ……ッ、あ、…………ディ……、エディ……っ」
知らない痛みと侵食される感覚に翻弄されていることがありありとわかる様子で、それでも彼は、最後の意識で少年の名を呼んだ。潤んだ瞳に隠した夜が、ほつれて顔に掛かった髪のにおいが、名前を呼ぶたったひとりの声が、少年を捕らえて離さない。
地面にぶつかり砂に汚れた背を抱きしめて、細かな傷を労りながら。同時に彼の身体の奥を、少年だけの心で壊していく。
まったく状況がわかっていない視線が、汚した白さが、それでも、どこか芯の通った強さが。
塗り潰されたエディの心に、そのとき、何か、違う色を塗り重ねようとした。
「…………ど……、して……」
「……ん?」
「…………どう、して……。…………なんで、こんな……!」
「……。わかんねーのか?」
不機嫌を悟られまいと、細い脚を抱え上げ、意識ごとどこかへ持ち去る意思を持った。警戒した彼はびくんと肩を竦め、目を見開いて抵抗しようとしたけれど、少年は何も許さない。
触れ合う肌は、蕩ける熱は、すぐにまた彼を混乱に陥れ、言葉も何もかも奪っていく。
答える気の無い素直な反応は、生理的な悦びを感じているのであろう、証にはなるのだろうけれど。
「おれは……。……おまえが……、」
きっと彼には聞こえないのであろう、たった一つの気持ち。信じてもらえなくても、答えてもらえないと不安になっても、それでも少年にはただひとつ、手放せないものがある。
あの日、薄暗い路地裏で見つけた、はじめての人の温もりだ。
見つけなければ、きっと、彼をこんなに傷つけることも無かった。
彼をこんなに、愛しいと思うことも、きっと。
粘つくしろい水音も、抵抗する声も、彼のか細い悲鳴のような泣き声も、何一つ聞こえないふりをしながら。
夜が明けるまで、エディはレオナルドを、けっして手放そうとはしなかった。
-END-
(07,03,12)
すみませんでしたっ。(誤魔化されると思うのか)