泡沫
「……、……っ……」
「……レオ?」
 先に眠ったはずの親友の声が聞こえたような気がして、エディは剣を磨いていた手を止め振り向いた。
 こちらに顔を向けていた彼は、エディが振り向いてすぐ、毛布を被ったままゆっくりと寝返りをうってしまう。なんだか拒否されたようで何とも言えない気持ちになったエディは、その場に剣を置くと、音もたてずにレオナルドに近づいた。
 傍らに座り込んで耳を澄ませば、聞こえてきたのは静かな寝息だった。何か聞こえたのは、やはり気のせいだったのだろうか、と思った、その時。
「……ぅ、ん……」
 唇からこぼれ落ちた声が届いて、エディは肩を強張らせた。普段の涼やかな様子とは似つかない色を含んだそれに、たくさんのことが脳裏を掠めるが、勢い良く首を振って誤魔化した。
 何か夢でも見ているのか、それとも、うなされているのだろうか。どこか苦しそうだった声に、気づけばエディの手はレオナルドの肩へと伸びていた。
「レオナルド」
 ふれた体温に、なぜかひどくいけないことをしているような気になった。ほんの少し手前に引いて、エディはレオナルドの顔を覗き込む。
 金に縁取られた瞳は閉じられ、奥の夜は見られない。だけど、エディは気づいてしまった。
「…………兄、さ……」
「…………」
 閉ざされた眼。隠された夜。端に滲んだ、すきとおった雫。
 にいさま、と懐かしそうに呼ぶ、その声も。

    またか。真っ先に思い浮かんだのは、様々な思いを孕んだ、そんな言葉だった。彼と出会ってから、エディは何度かこの声を聞いていた。毎夜というわけではなく、数え切れない程、というわけでもない。本当に時折、思い出すかのように、彼は浅い眠りの中で、エディの知らない呼び名を呟く。
 こんなことが無ければきっと、彼に兄というものがあったのだ、ということも知らないままだった。
 家族を失った、とは聞いたけど、その中に「兄」があるとは聞いてはいなかった。

 エディには、本来の意味での家族はいない。否、いたのだろうが、どんなものなのかは知らない。気づいた時にはいないのが当たり前だったのだから、わからない。
 悲しむものがあるだけ幸せだと言うべきなのか、失うものがなかっただけ幸せだと言うべきなのか。
 ただ、   エディにとって重要なのは、そんなところでは無くて。

「……やめた。……考えても、意味、ないもんな」
 やわらかな髪を乱して眠るレオナルドが、儚いゆめに抱かれるたび。幽玄に留まり何かを思い出すたび。自分のために一度だけ見せた色の無い雫をこぼすたび。そして、掻き消えそうな声で、切なそうに名前を呼ぶ、そのたびに。

 胸の奥が、針で刺したような痛みを覚えるのは。一体、どういうことなのだろう。

 考えたところでわかるはずはなく、誰かに聞いてもらうつもりも無く。
 エディは知らない寂しさを抱きながら、レオナルドの肩から手を離し、やめていた剣の手入れに戻った。

-END-

(07,05,03)
三部6〜7章辺り。

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