彼は幸せなふりをする
 小さな路地裏から芽吹いた、大きな戦いが、終わる。

 世界の暁をはっきりと自覚できた瞬間、彼の心を訪れたものは、寂しさとしか言い様の無い感情だった。戦う術を支える腕にも、手を赤く染めたことにも、今更後悔は無いけれど、それでも出来ることなら命を奪うことはしたくはないし、自分の命ことだって大切だ。だから戦いが終わることは純粋に喜べた。生まれた国へ帰ることが出来る。大切なその場所が不当な暴力に苛まれることも無くなる。良いこと尽くめだ、それなのに。胸に去来するこの痛みは何だろう。
 考える必要も無く、彼は知っている。
 これは、いちばん大切なものと、離れることがわかる痛みだ。

 陽のある時間、月が見る時間。この数年間、それこそ四六時中いっしょにいたから、最初は気づけなかった。彼と彼とを繋ぐものは、実は、戦いそのものなのではないか、と。付き合いだけなら戦いが起こる前からあったけれど、起きている間、眠っている間、ずっといっしょだったわけじゃない。彼の気まぐれに因る機会だけでは足りず、いつの間にかこの心はもっと、ずっと傍に在りたいと思うようになっていた。叶ったのは、祖国が戦争に負けて、町や人が踏み荒らされたからだ。そのこと自体を快く思えるわけは無いけれど、義賊として過ごすようになってからは、存在を確かめられる時間が格段に増えて、密かな喜びを覚えたこともまた、彼にとっては事実なのであった。
 けれど離れると言っても、届かない程に遠く離れるわけではない。なぜなら彼らはこの戦いが終われば、祖国へ帰るのだとお互いに決めていたからだ。死の砂漠、雪に飾られた城、何かあるたびに二人は約束した。必ず戦いを生き延びて、懐かしい祖国へ帰ろう、と。この腕を掲げたのは、ただ、祖国を守りたかったからだ。離れられるわけは無く、二人はきっと王都へ帰る。

 そうだ、冷たい空気を肌に感じながら。終焉を頭の端に描きながら確かに彼は言った。それを当たり前だと思っていた。「おれとおまえ。二人いれば、なんとかなる」と。ほんの少しも疑わずに。ずっといっしょ、そんな言葉が、いつの間にか何かの枷のようになっていた。
 二人は祖国へ帰るだろう。だけどきっと、今と同じように、いつもいっしょにはいられない。彼には彼の生まれた場所が、育った場所が、過ごした場所がある。それは全てが同じなわけではなくて、たまたま今が同じ場所であっただけ。彼には、彼だけの思いがあり、自分には自分だけの信念がある。わかっていた。いつまでも、こんな時間が続くわけはない。永遠に離れるわけでも無い。会おうと思えばいつだって会える距離なのだ。だけど、ずっと傍にいたから。彼の体温を確かめながら過ごしていたから。片時だって離れたくない、なんてわがままは、願いは、いつの間にか更に激しさを増していた。
「エディ。エディは、街へ帰るんだね」
 耳をくすぐる彼の声。守りたいと思う程にか弱くは無いけれど、傍にいたいと思う程に脆くはあった。祖国を守りたいと願ったのは、彼がそこにいたからだ。
「ああ。おまえは、軍に残るんだろ?」
「うん。……僕の力が、少しでも役に立つのなら」
 ずっとずっと、一番近くにいた日々は無くなり、姿を見かけない日がやってくる。寂しさを纏えるような性質では無く、だからきっと何も変わらない。仮に寂しいと言ってみたところで、彼の返事は想像できる。ずっといっしょにいたのだから。
「ときどきは、遊びに行くよ。おまえに会いに」
「ありがとう。……僕も、エディを、待ってる」
 離れても、心が一緒だから。だから、絶対、大丈夫。お互いが一番大切だということを、二人はちゃんとわかっているから。

 こころがひとつだから、平気なのだ。
 からだのほうが、はなれても。

 だけど、そう言って、彼を困らせたくは無いから。

 彼は今日も、幸せなふりをする。

-END-

(07,03,26)
文章のルールはわざと無視してます。読み辛くてすみません。

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