リナリアの呟き

「綺麗だな」
 いきなり声を投げかけられ、少女は一瞬、身を硬くしてしまった。内容にではない。声をかけられたという事実にだ。振り向けばそこには、当然だが声の主がいる。
 予想通り、そこにいたのは明るいオレンジの髪の青年だった。伝説の大剣、深紅のマントが、よく似合っている。少女の心を惹いてやまない、夢を見る曇りの無い瞳に。
 あんな言葉を寄越されながら、しかし少女は、期待などしなかった。どうせ、次の言葉は決まっているのだ  出来る限りの冷静さを装いながら、フェイは溜息をひとつ吐いて口を開いた。
「これですか。……手にとってみますか?」
「え、いいのか!?」
「それが目的だったのでしょう」
「……。そ、そんなことは。
 えーっと、ようやく取り返せたんだな。良かった」
「……はい。ありがとうございます」
 言いながら、フェイは腰に提げたそれにそっと触れる。神剣ヴリトラ、ヴァジラ。戦の果てにようやく取り返したそれを、剣帯ごと外して突き出した。
「どうぞ」
「本当にいいのか! ありがとな、フェイ」
 明るい笑顔と感謝の言葉は、フェイの心をかるく掠めてすり抜けるだけだった。彼の通り名である、疾風のように。
 青年はうっとりとした目で、二本の剣を眺めている。
「……綺麗だな。こんなものが、本当に実在するなんて」
 青年は思わず、といった様子で呟き、いっそう熱心に剣を見つめる。それを、少女はじっと見つめる。夢や理想、憧れに満ちた瞳、視線は、それだけに注がれるのだ。剣、だけに。
「なあ、フェイ。お前は、この剣  
「……あなたは……」
 青年の問いかけを遮って止める。思いがけない低音が出たらしく、青年はぎょっとして俯きがちのフェイを見た。
「……あなたは、私の剣にしか興味がないんですか?」
「え?」
 きょとんとした顔を返されたその瞬間、我ながら馬鹿なことを言ったと、少女はたちまち後悔した。言ってやりたかったのは事実だが、どんな恨みも妬みも、かたちにするなら伝わらなければ意味が無いのに。
 肘を掴んだ手にぐっと力を込めた。きゅっと唇を結び、顔を上げる。
「……いえ、なんでもありません。ごめんなさ……」
「何言ってるんだ。お前のことだって、ちゃんと気になってるぞ」
「……は?」
 意外な答えに、思考が止まってしまった。日差しの色を穿いた瞳が、真っ直ぐにフェイを見つめている。ほんの少し拗ねた顔は、まるで子どものようだった。
 あまりに無遠慮な直視に、フェイは身を引きかける。窓の外、鳥の声。
 短く、しかし少女にとっては長い長い間の後、青年は続けた。
「フェイみたいな凄腕の剣士、なかなか会えるものじゃないからな。
 片刃の剣で、どうやって戦うんだと思うし……」
「……………………」
 ――ああ、そうか。そういうことか。
 少女は拳を握り締め、歯を喰いしばる。期待なんてしないと、してはいけないと、わかっていたはずなのに。
「……ん? おい、フェイ? どうし  
「……なた、なんか……」
「え?」
 直情な性質はよくないとさんざん言われ続けてきたが、もう止まらなかった。振り上げた手を、振り下ろす。
 乾いた音が、辺りに響いた。
「あなたなんか、大嫌いです!」
「なっ……」
 泣きそうになるのをこらえながら、少女はその場から逃げ出した。
 ああ、本当に。馬鹿みたいだと、自分を責めながら。
 自分だけを見つめていた、あの瞬間を忘れられない自分を、うんと嫌いながら。
「おい、フェイ……!」
 振り返らなかった。追いかけようとしてくる気配を振り切って、フェイは駆けていく。

 結果。そこに、クレイマーが一人残された。
「……痛えな、なんなんだよ、急に。……」
 叩かれた頬を撫でながら、クレイマーは腕の中の双剣を抱きしめる。
「……この剣、いいのか、置いていって?」
 少女の不審な行動を目の当たりにしても、その口から出てくるのはやはり、いつもどおりの言葉なのであった。


クレフェイ好きです。
クレイマーがあんな感じなので、フェイの片想いを想像してしまいますが。

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