遥か遠い
「それにしても、ずいぶんと大きくなられたものですな」 唐突にそんなことを言って寄越され、リースは思わず立ち止まり、首を傾げてしまった。見ればウォードが、なんだか知らないが、実に感慨深そうにリースを見上げている。 ウォードはリースの視線に気づくと、厳めしい顔を朗らかに崩して笑ってみせた。 「ああ、いや、申し訳ございません。 歳のせいですかな、いきなり昔のことを思い出してしまいまして。 昔は公爵が、公子が小柄なことを心配されていたものでしたが」 「……父上が?」 「あの体で、皆を率いて先頭に立てるのだろうかと。ご存じありませんでしたか」 「ああ。初耳だ」 いつもの調子で返しながら、しかしリースの胸中にはちょっとした気恥ずかしさが広がっていた。剣技や戦術の類ならともかくとして、よもや自分の体躯のことで敬愛する父に心配をかけていたとは思わなかったからである。確かに幼少のころは、小さくて可愛らしいとさんざん言われた というより、どうやら今でも同年代の青年たちと比べると、小柄な方であることに変わりはないようなのである。しかも、自分を指して使われる言葉といえば、やれ“優しそうな”だの、“大人しげな”だの、“たおやかな”だの、そんな区分のものばかりだ。それはそれで褒められている部分もあるのだろうが、あの父を目標としている身からすれば、あまり喜ばしくはないものばかりである。 「バーンストル様は、正に剛健を絵に描いたような御方ですから。 公子は、夫人に似たのでしょうな。実際、よく似ておられる」 「それも、よく聞く話だ」 リース自身は、母の顔を覚えていない。だが、似ていると言われるのだから似ているのだろう。これといった感慨はなく、不思議な違和感に捕らえられそうになるのを、軽く頭を打ち振るって誤魔化した。 「と、まあ、話は逸れましたが、そういうわけです」 「……確かに、ウォードを見下ろすようになる日がくるとは、思ってもみなかったが」 釈然としないのは、先程のような思いがあるからだ。まだ。まだ、自分には何も足りない。リースのことなどどうでも良いとばかりに、時は目まぐるしく流れ続ける。焦りばかりが込み上げてくるが、それでもけっして、歴史はリースを待ってはくれない。 力が欲しい。守りたいものを守ることのできる、強い強いものが欲しいのに。 「何か、思うところがおありですか。公子」 「……。わかって言っているだろう」 「多少は。 ですが、その御心がある限り、リース様は心配しなくても大丈夫でしょう」 言うところが理解できずリースは訝しげにウォードを見たが、幼い子どもを眺めるような眼差しを返され、居た堪れなくなってしまった。 目指すものは遠い。こんなことをいちいち気にするようでは、まだまだだ。 わかっては、いるけれど。 「公爵がお持ちのものを公子がお持ちでなくとも、公爵には無いものを公子はお持ちですから。 そして我々は、それを信じているのです」 故郷のものとは違う、知らないにおいの風が吹いた。空の向こう、確かにあるはずのシノンの草原は、この大きな街からは見えない。 願いや祈りと同じように。 リースは、長く息を吐いて微笑む。 「ウォードが言うのなら、信じよう」 「それはそれは、嬉しいことですな」 そしてまた、不器用な長い話が始まる。 その多くを耳に留め、そして多くを思い出の向こうに流しながら、リースはウォードを伴って、再び道を歩き始めた。
ウォードになりたいと思うことが多いです。 |