「あいつは鷹だろう」
 奇妙なほど、きっぱりとした声音だった。元々彼の中でそう定めてあったのだと知れた。思わず見つめると長次はふっと目を細めて続けた。
「そして、おまえは犬だ」
 長次は笑ったようだった。見慣れた、とても笑顔とは呼べないいつもの形相とはかけ離れていたので、文次郎には一瞬それとわからなかった。犬と形容されたことに疑問を感じる間もなかった。それ以上長次は何も言わず、いつものむっつりとした顔で歩き去っていった。

歩みを止めない背中に声がかかる。
「文次郎は犬か」
聞いていたのかと問うことはしない。仙蔵の耳聡さはほとんど神通力と言ってよい。同学年の者ならば誰でもそう知っている。ことにそれが彼の親友の件となれば、尚更だろう。
親友。まぎれもなく仙蔵にとっての文次郎は親友であると、長次は思っている。二人のどちらもそんな風に表現するようなたちではないので、言葉自体は否定するかもしれないが。くくりとしては他に呼びようがないと長次だけは強く信じている。
その、親友のことを言う。
「……あれほど忠実なやつもいないだろう」
よく躾のされた犬。ひとところに座って永遠に主人を待つような無償の献身。あれはそういう男だ。現実の犬と違うのは、彼に首輪をかけたのは彼自身の理性であるという点だけだ。
だれかを恋うることがあれば、ひたすら従順に身を捧げて相手を想うだろう。そのために自分の心を押し殺すとしても。
そういう男だ。
「そんな風にあいつを言うやつ長次以外にはおらんだろ。横暴とか横柄とかだぞ、よく聞くのは」
「……おまえは…?」
「ん?」
「おまえなら……、多分、同じことを感じている」
 仙蔵は黙った。口元をほころばせたまま。

 仙蔵の中に沸き上がる文次郎への親しみは、確かにそこが源なのだった。
あれほど不器用でなくてもよかろうと思う。そうまでひたすら走らなくてもいいじゃないかと思う。その有様を「犬」と評するのだとすれば、なるほど、仙蔵は文次郎がその通りの生き物だと知っていた。