Stay with You
その瞬間、カイルは咄嗟に走り出していた。
遭遇したサラマンダーを一蹴して安堵した矢先のことだった。カラカラという音を聞いたと思ったカイルが何気なく顔を上げると、傍らの崖から大きな岩が、小石を先導に落ちてこようとしていたのだ。
下にはアルジャン王子。声を出して注意を呼びかけるよりも、何よりも先に身体が動いた。カイルより一回り以上小柄な身体を腕の中に抱きこみながら、前方へと身を投げ出す。もちろん王子の身体が岩場に叩きつけられたりしないように、自身の身体でかばうのも忘れない。
一瞬の後、ドオンという恐ろしい音と共に衝撃が来た。カイルは腕の中の王子をぎゅっと抱き締めたまま、その衝撃と揺れが収まるのを待つ。他の同行者については、残念ながら全く気にする余裕が無かった。しかし直前に見た光景では、他の皆は離れていたように思えたから大丈夫だろう。
「カ、カイルッ」
「王子、どこか痛いですかー?」
何が起きたのかわからず呆然としていた様子のアルジャンが、カイルの腕の中で身じろぐ。もう安全だと判断したカイルは、彼の身体を抱え上げるように立ち上がった。瞬間、肩に痛みが走る。ちょうどそこから岩の上に落ちたのだった、とカイルは思い出した。
「ッ」
「どうしたの、どこか怪我をしたの!?」
「あー、ちょっと打ち身作ってしまったみたいですけど、大丈夫ですよー」
泣きそうな不安そうな深い色の瞳が、カイルを見上げている。いつもの笑みを浮かべたカイルは、彼を安心させるように頷いて見せた。実際感覚として骨に異常は無いように思えた。アルジャンはそんなカイルを見て、ようやく少し安心したような笑顔を浮かべた。
「王子はどーですか? どこも怪我は無い?」
「……うん、カイルが守ってくれたから大丈夫。どこも痛くないよ」
「それは良かった。王子が無事で、オレ、嬉しいですよー」
「でも……カイルは、痛い思いをしちゃったんでしょう? ぼくをかばったせいで」
「たいしたことないですって。それにオレは女王騎士ですからね、王子を守るのは当然ですよー」
そうカイルが言い切った瞬間、びくりと王子の身体が強張る。不思議に思って顔を覗き込むと、やけに硬い表情。カイルは驚いて、目を瞬かせる。
「……どうしたんですかー、王子」
「ん……なんでもない。ごめんね、ありがとう。――ああ、他のみんなは大丈夫だった?」
会一瞬何か痛みを堪えたような表情をしたように見えたと思った次にはもう、その表情はするりと消え去っていた。王子は笑みを浮かべると、会話を打ち切るように視線をカイルから逸らす。それが軽い拒絶に見えて、カイルは眉を寄せた。
「王子! 大丈夫ですか! カイル様がかばってくださらなかったらと思うと……」
「うん、カイルのおかげでどこも怪我は無かったよ」
「私、何もできなくて――」
駆け寄ってくるリオンに、アルジャンは静かに首を振ってみせる。他の皆も口々に落石の驚きや王子が無事だったことへの感謝を言いながら、集まってくる。普段どおりの光景のはずなのに、カイルは妙に落ち着かなかった。
王子のその背中はすぐ近くにあるのに、なぜか酷く遠くに感じられる。それがどうしてなのか、カイルには全くわからなかった。けれど確かに何かが変だった。それだけは確かだった。
なんとなくおかしい、とだけ思っていたカイルが、確実にこれはおかしいと思い始めたのはしばらくしてからのこと。本拠地であるフォーカ城に戻って、また出かけてをアルジャンは繰り返していた。その間カイルは、ただの一度としてお供を仰せつからなかったからだ。
最初は、たまにはそんなこともあるかなぐらいにしかカイルは考えなかった。二度三度と度重なるうちに、さすがにおかしいと思い始めた。思い返してみれば、王子軍にカイルが合流してから、カイルが王子とともに居なかったことなど無かった。
それがあの日に起因しているのではないか。カイルは次第にそう思うようになっていった。気づいてみれば王子は城に留まっていることは余り無く、だからかもしれないが会話もかなり稀になっていた。太陽宮に居た頃はもちろん、王子一行とカイルが再会してからも、毎日のように言葉を交わしていたのに。それらは全て、あの落石からカイルがアルジャンを庇った日から始まっているとしか思えなかった。
避避けられている。そのことにカイルは気づいて愕然となった。どうして、なぜ。理由がわからないのもさることながら、避けられているという事実がやけに胸に突き刺さる。しばらくぐるぐると煩悶したカイルだったが、ひとりでどれだけ考えても何もわからないと思い至り、直接彼に聞いてみようと思い立った。
顔を見たいと思った。声を聞きたいと思った。会話をしたいと思った。彼の傍に在れないことが、こんなに苦痛だとは思わなかった。自分に非があるならば、それを聞いて、正して、今までのように傍に置いて欲しいと思った。だからただ、真っ直ぐに王子の居室をカイルは目指した。遠出から戻ってきたばかりで、疲れていると知りながら。
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