父の思惑



その日をカイルは、飛び立つような思いで迎えた。

十四のときに故郷レルカーを飛び出してあちこちを放浪し、なんとなくアーメス侵攻の折の義勇兵に志願して、自分でも驚くほどの活躍をした。それが女王騎士長であるフェリドの目に留まり、女王騎士にならないかと誘われ、自分がそんなものになる器なのかさえわからないまま、ソルファレナに来たのが十七の時。

それから女王騎士見習いに名を連ね、剣技に磨きをかけ、また魔法を覚え、あまり好きではないものの女王騎士には必須の礼儀作法を叩き込まれて、三年が過ぎ。晴れてこのたび、見習いを卒業して正騎士として叙任されることとなったのだ。

今日はその任命に先立って、正鎧を拝受する予定になっていた。任命式は謁見の間で明日行われるが、今日の鎧の拝受式は今カイルが控えている部屋の隣にある、女王騎士詰め所の奥にある女王騎士長執務室で行われることになっていた

「カイル。緊張してない?」

そこへひょこんと顔を覗かせたのは、アルジャン王子だった。母のアルシュタート女王譲りの煌く銀の髪に、深い湖の底のように蒼い瞳。カイルより九歳年下の彼は、幼さの残る中に生まれを隠しきれない気品を持った、美しい少年だった。

カイルがこの太陽宮に出入りするようになった頃、王子は八歳だった。他の女王騎士や見習いよりも年が近いとあって、王子の遊び相手を命じられたカイルに、王子はびっくりするほど懐いてくれた。最初のうちはかわいい弟ができた気分で居たカイルだったが、王子が成長するにつれ、違う感情が自分の中に生まれ始めたのを自覚しつつあった。

相手はまだ幼く、そして自分が仕えるべき立場の人。それでも想いは、カイルの中で確実に成長していった。アルジャンが懐いてくれているのをいいことに、抱き締めたり、キスをしたり。最近ではとうとう、自分が正騎士になったら告白しようと、そう決めていたのだ。その日がようやくやってきたのだから、嬉しいのは当然だった。

「王子! ありがとうございます〜。でも今日は大丈夫ですよー。だって、今日はフェリド様から鎧を頂くだけですからね。他の女王騎士の方々も女王陛下もいらっしゃりませんから」
「早くカイルの正鎧姿がみたいなぁ」
「余りのカッコよさに、絶対見惚れますよ、王子は」

軽くウインクしてみせると、アルジャンは大きな目をぱちぱちと瞬かせる。そんな王子の頬を挟むように両手で触れ、カイルはその額に軽く唇を押し付けた。

「じゃ、行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい、カイル。ぼく、ここで待ってるね」
「はーい」

ぎゅっと小さな身体を抱き締めたカイルは名残惜しげに王子の身体を離すと、ひらひらと手を振ってその小部屋を出た。すぐ隣の女王騎士詰め所へと滑り込む。刻限まではまだ、五分ほどの時間があった。

円形のテーブルに添ってイスが並べられている室内には、カイルしかいない。他の女王騎士の面々は、今日は詰め所を離れているようだった。カイルはそわそわとした気分で時刻が来るのを待ちながら、どんな風にかわいい王子に想いを告白しようか考え始めた。

「カイル様、お時間です。フェリド様がお待ちです」

声をかけられて、カイルは我に返った。いつのまにか女王騎士長執務室への扉が開いていて、フェリド付きの少年が顔を見せていた。

「わかりましたー」

足取りも軽くカイルは執務室へ入り、カイルを待ち受けていたフェリドの座る机の前に立つ。さすがのカイルも、少し緊張していた。

「ん? どうした、珍しいな。お前が緊張してるなんて」
「そりゃ、オレだって緊張しますよー」
「今日緊張してたら、明日はどうすんだ?」
「うーん、右手と右足が一緒に出ちゃいそうです」
「はっはっは、今それぐらいいえるなら大丈夫だろう。さて、カイル」
「……はい」
「お前も良くここまで、頑張ってきたな。これからは正騎士として、よろしく頼む」
「ありがとうございます、フェリド様」

カイルは深く頭を下げた。それにうんうんと頷いたフェリドは傍らに置いた箱から、カイルの正騎士としての衣服一式を引っ張り出す。今カイルが身に着けている、見習いの男子正装の服を脱いで、明日からはこれを纏うのだ。

「うっわー、なんか、ホントに正騎士になったーって気がしてきました!」
「明日に備えて、ここで着てみるといい」
「は、はいっ!」

もちろん全てカイルのサイズを測って、それにあわせて作られてはいる。だが不具合があっても困るということで、フェリドはそんな提案をしてきた。一も二も無く頷いたカイルは、与えられた鎧を身に付けはじめた。見習いと正騎士の大きな違いは、まず額飾りの有無。それから見習いは腰に飾り帯をするのだが、正騎士になれば飾り襷となる。そして目じりに、紅を入れる。それらの正騎士ではないと許されない大きな違い以外に、鎧もよりしっかりと身体を守るものになる。それだけ危険な任務も増えるからだ。

「……あれ?」

不意にカイルは素っ頓狂な声を上げた。革をメインにした鎧を身に当てた途端、不思議なことに気がついたのだ。身体の前面に当たる部分が、やけに下まで伸びていることに。いわゆる男の急所の上に覆いかぶさるその形状は、そこを守るためといえばそうなのだろうが、他の正騎士は――例えばフェリドやガレオンの鎧は、そんな形にはなっていないのだ。自分だけどうして、とカイルは小首を傾げてフェリドを見た。

「あの、フェリド様」
「ん、どうした?」
「なんでオレの鎧、ここまで来てるんです?」
「ああ、それか。それはな」

フェリドがにっこりと微笑んだ。なぜかカイルはその笑みに、ぞくっとするものを感じて数歩後退ってしまう。

「お前が、俺のかわいい目の中に入れても痛くない最愛の王子に不埒なことをしないようにするため、だ」
「ぎくっ」

にこやかにフェリドに言い切られて、カイルはぎくりとなった。もしかして全て見通されているのだろうか。たらりと冷や汗が背筋を伝う。

「フェ、フェリド様、それってどういう――」
「そんなの決まっているだろう? お前があらぬところを興奮させて、それをかわいい俺の王子に押し付けたりなんていうふざけたことをしないように、と、そういう意味だ」
「ぎくぎくっ」

にこやかな笑顔を向けるフェリドの、その笑顔の裏側に恐ろしいものを感じ取ったカイルは、引きつった笑みを浮かべた。完全に、何もかもをフェリドは見抜いている。そう、確かにカイルは王子がまだ幼いのをいいことに、あれこれ教え込み、自分好みにしてしまえなんてことまでうっかり考えたことがあったのだった。

「やだなあ、フェリドさまー。オレがそんなことするわけないじゃないですかー」
「そうか? とりあえず今日、その正鎧姿を見せに行ってそのまま告白するつもりだったんだろう?」
「ぎくぎくぎくっ」
「まあ、それをやめろとまでは言わんが、今やっている抱擁や軽いキス以上のことは俺が良いというまでは許さんから、覚悟しておけよ。それじゃ、明日の任命式には絶対に遅れるなよ。ま。お前が眠れなくて遅刻、なんてありえないと思うけどな」

はっはっは、と豪快に笑うフェリドに盛大に肩を叩かれる。カイルはこれから待ち受けているはずだった王子との薔薇色の日々が遠ざかったことに、小さくため息をついた。

ついでにしっかり見抜いて牽制してきたフェリドは偉大だな、とうっかり思ってしまったカイルだった。


END


post script
カイルの女王騎士正鎧の形状を見てて、思いついたアホネタ。うっかり王子の年齢設定の関係で、カイルがこれじゃとっても変態なひと〜になってますよ……すみません。実は、ザハークの鎧もちょっとそんな感じなんですよね。でも明らかにカイルの方が完全にそのあたりまで鎧が来てるので、これはもうフェリドパパの仕業だろうと(笑) カイルはもちろん、こんなことにめげずに頑張る子(子?)だと思います!





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