「あちゃー、完全に迷っちゃったね、これは」 くるりと周囲を見回したカイルは、小さく呟いた。木々が生い茂る辺りには、生きて動くものの姿が一切無いように感じられた。遠くに見える石造りの建物は、もちろん太陽宮だ。外へ出たつもりは無かったので、今カイルが居る場所も、太陽宮の中で間違いないのだろう。 「それにしても広いお城だなー」 ソルファレナに足を踏み入れたのが三日前、太陽宮へと連れてこられたのは今から数時間前のこと。女王騎士見習い正装の服を与えられたカイルは、まずは好きに宮殿の中を見回っていい、というフェリドの言葉に従ってあちこちを覗いてみていた。 見慣れない顔であっても、見習い服を着ていれば警戒はされなかった。時々貴族や、この城で働く人々から声をかけられ、それに気軽に答えたりしながら探索を続けていたのだが、どうやらすっかり迷ってしまったらしい。 「うーん、ここから見えるあの党がー、女王騎士詰め所のある東側で……いや、西側、かな?」 どうも方向まで危うくなってしまったらしい。それでもカイルは、さほど困ってはいなかった。いくらなんでも太陽宮の中で遭難死などということはありえないからだ。 フェリドが案内もせずに勝手に見て回れと告げたのは、自分自身で太陽宮の内部の地理や構造を理解しろという意味合いがあるからだった。女王を護るのが女王騎士の務め。そのためには女王とその家族が住まう居城について、女王騎士が熟知しているのは大前提となる。 それがカイルにもわかっていたから、あちこち迷い彷徨いながらも、ちゃんと周囲を観察するのを忘れなかった。わずか十六歳にしてアーメス侵攻の義勇軍での活躍を女王騎士長であるフェリドに認められ、女王騎士見習いとしてここへやってきたカイルは、自分が何をしなければならないのかをきちんと理解していた。たとえ太陽宮の中とはいえ、王族が絶対に安全なわけではない。貴族の誰かが女王を、あるいはその家族を害そうと考えないとも限らない。例えば今ここに誰か王族が居たとしたら、どこからだと狙いやすいか、それを防ぐためにはどうしたらいいか。そんなこともシミュレートしつつ、カイルは足を動かし続けた。 「……あれ?」 不意にカイルはその足を止める。柔らかな木漏れ日が差し込む大きな木の根元。銀色の光が、カイルの目を射たのだ。なんだろう、と近寄っていくと、幼い子供がすうすうと寝息を立てて眠っていた。傍らには幼い子には不釣合いな、難しそうな本が転がっている。恐らくここで本を読んでいるうちに眠ってしまったのだろう。 「姫様……は三つだってフェリド様が言ってたから違うよね。ってことは、アルジャン王子かな?」 貴族の子供がこんなところで一人で眠り込むはずは無いので、アルシュタート女王とフェリドの間の子供ふたりのどちらかだとカイルは考えた。眠っている姿は女の子に見えるが、リムスレーア姫はまだ三歳だと聞いたので違うと判断する。となると、八歳になる王子のアルジャンのはずだった。 「こんなところで寝てると、風邪ひきますよー」 傍らに腰を下ろしたカイルは、ふっくらとした頬を軽く突いてみる。ぷに、とした感触が面白くてそのままつんつん突いていると、むずかるように小さな手がカイルの手を払いのけようと動く。 「……ん――」 「あ、起きましたー? はじめまして、王子。オレ、カイルっていいます」 「……かい、る?」 「そーです。今日から女王騎士見習いになったんです」 「……おひさま」 「え?」 もそりと起き上がった子供が、深い湖の底のように蒼い瞳を眠そうに瞬かせて、幸せそうに笑う。どくん、と自分でもびっくりするほどの大きさで心臓が鳴ったのに、カイルは驚く。 「ぼくの……おひさま」 「え、ええ!?」 幼い口調でもう一度繰り返した子供は、そのままことんとまた寝入ってしまう。カイルの、膝の上で。しっかりとその身体に、しがみ付いて。柔らかな、太陽の匂いが鼻を擽る。暖かく伝わってくる子供の高い体温に、なぜかとても胸が熱くなった。 「王子……」 きらきらと零れ落ちる銀の髪。そこに鼻先を埋めると、いっそう太陽の匂いが強くなる。この子供の傍にいたい、護りたい、そんな気持ちが急に湧き上がってくる。木漏れ日の中で、自分にしがみ付いて眠る幼い少年をカイルはぎゅっと抱き締めた。 それが一目惚れだったのだと気づくのは、しばらく後のこと。けれど恋はもう、始まっていたのだ。 END |