リビングの電球が一つ切れた。
そのときにはもう晩御飯も終わりかけで、コンビニに行ってきます、と今すぐにでも飛び出そうとした獄寺君は止め、明日買いに行くことにした。一番小さな電球だったから、普段と比べればほんの少し暗いというだけで、特に差し障りはない。
だけど、獄寺君たちが帰ってしまうと、なんだかまた少し暗さが増した気がする。
そのせいで……というわけではないと思う。多少薄暗いだけで、ここはオレん家のリビングで、足元には乱雑に積み上がった雑誌の山があり、取りこんだ洗濯物が散らかっている。音楽だって流れてないし、夜景が綺麗なわけでもない。全然ムードなんかありゃしない。
だから、骸が隣に座るオレをソファに倒し、明確な意図を持ってシャツの裾から手を差し入れてきたのは、別に電球が切れたせいじゃないだろう。
ただ、オレは雰囲気に大変流され易いので、割と、結構、かなり、そういう気満々だった。暗い=エッチな気分になるというのは自分でもどうかと思うが、若いんだから仕方ない。
骸の精神が何歳なのかは知らないけど、少なくとも体は同年代でよかった、と思うくらいには、オレも骸もいやらしいことが好きだ。まぁオレたちは世間一般で言う恋人同士とかいうものとはちょっと違うので、そんなに頻繁にしてるわけじゃないけど。
……多分。普通の人の平均回数なんか知らないし。
そんなわけで、オレは全く抵抗なんかせず、強いて言えば、ソファは狭いからキリのいいところでベッドに行かなきゃなぁと思いながら、骸の舌に自分の舌を絡ませた。
骸の柔らかい舌先が、上顎のくすぐったいところを掠める。気持ちいいけれど、されっぱなしは悔しいから、オレも骸の口の中に侵攻を始めた。顔の角度を変えるたびに、ちゅ、ちゅ、と小さく音がして、その合間に聞こえる息遣いも、段々忙しなくなってくる。太股のあたりに何か硬いものが当たっていて、その感触に一層興奮する。当然オレのものも熱くなっていて、骸の腹のあたりに擦りつけた。
お母さん、ごめんなさい。貴方の息子は、こんなどうしようもない男相手に欲情しています。孫の顔は見せてあげられそうもありません。ああ、リボーン、跡継ぎのことなら心配しないでいいぞ。ボンゴレは俺が死ぬまでに潰す予定だから、そんなもん必要ないし。言っとくけど父さんに謝る気はないからな。あ、でも、バジル君と9代目にはちょっと謝っとこうかな……。
「……っ」
骸が体を起こした。
それがあまりにも唐突だったから、別のことを考えてたのがバレたのかとちょっと焦る。が、そうじゃないことは、骸の様子を見れば分かった。
「む、骸?」
うつむいた骸は、オレの上から退くか退かないか、逡巡しているようだ。おもいきり眉を顰めて、『いや、しかし……』などとぶつぶつ呟いている。
「……すみません」
しばらくして、どうやら結論が出たらしく、骸はオレの上から退いてソファに座りなおした。が、自分でやめておきながら、『断腸の思いです』と顔に書いてある。
「あのー、骸……?」
骸は、大きくため息をついて、顔を両手で覆った。ため息つきたいのはこっちだよ。臨戦態勢のオレの股間はどうしてくれるんだ。少々ムッとしながらも、体を起こして骸の隣に並んで座る。
「なんだよ、明日朝早いとか?」
「違います」
「じゃあなんでだよ」
「……綱吉くん」
骸は、俯いた顔を覆ったまま、オレを見ようとしない。まっすぐに目を覗き込みながらでもいけしゃあしゃあと嘘をつける骸にしては珍しい。それとも、本当のことを言おうとしているから、オレの顔が見られないのだろうか。
果たして、
「できません」
静かな呟きが、薄暗いリビングに零れ落ちた。
「……え?」
骸が、するりと手を下に降ろす。現れた顔は、痛みを堪えるかのように歪んでいた。
「何が?」
分かってるくせに聞いてしまう。分かってるけど、理解できないからだ。
「セックスですよ。もうやめましょう」
普段なら、骸の歯に衣着せぬ物言いに照れるところだ。でも今はそれどころじゃなかった。
これは大問題だ。
別に骸とエッチなことできないのが嫌なんじゃない。……ごめん、今ちょっと嘘ついた。嫌じゃないわけじゃないんだけど、っていうか嫌なんだけど、でもそういうオレの側の問題だけじゃなくて、
「とうとう勃たなくなったのか!?」
「勃ってるじゃないですか!!」
元気に膨らんでいるあたりを指差しながら、骸が怒鳴った。
「あ、そうだよな……」
さっきオレに押し付けてたし。
「っていうか、とうとうって何ですか、とうとうって!」
「いや……お前おじいちゃんだし……」
「だから何度も言っているように、僕の体は二十歳なんです!」
「男としてのプライドの問題だから怒るのも分かるけど、そんなに肩で息するくらい一生懸命にならくても……」
「誰のせいですか!!」
「そもそもお前がやめるって言い出したんだろ」
こんな状況でいきなりストップされたら、普通の男なら怒るだろう。辛抱堪らなくて無理矢理……とかなっても文句言えない状況だぞ。まぁ骸相手にそんなことしたら、たとえ命が無事でも大事な部分が無事じゃなくなると思うけどな!
「だって……」
骸が俯く。前髪に隠されて、表情は見えない。心なしか、てっぺんのふさふさも萎れ気味だ。長い指が、ジーンズの膝のところを掴む。
そして骸は、
「グイドが口をきいてくれないんです……!」
と、言った。
「あー……」
なるほど。それか。
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