「僕はね、代々のドン・ボンゴレに受け継がれると言われる超直感という力を、それなりに認めていたんです。敬意を抱いていたと言ってもいい」
苦々しげに吐き捨てた骸に返事をする代わりに、オレは蕎麦をすすった。じゅずずずるっという、あまり粋ではない音がする。しかも汁が飛んだ。しかし、普段なら汚いだのなんだのすぐ文句を言う骸が、それに気付いた様子もない。
「未来予知よりも優れた力ですからね。予知した上で、その事柄への最善の対処をも悟るのですから」
熱弁をふるうのはいいんだけど、蕎麦がのびるのが気になる。まぁオレの蕎麦じゃないんだから別にいいんだけど。
「なのに……それなのに! 超直感という力は意外と役立たずだということがよく分かりました!」
バン!とコタツの天版を叩いた骸は、そこで、聞いてますか綱吉くん!? と、矛先をオレに向けてきた。
「聞いてるよ。っていうかお前、今まで気付いてなかったの? この力……っていうか力なのかな、これ……本人が言うのも何だけど、すげー気まぐれだよ。単に勘がいいときもあるってだけのことだもん」
「そうなんですよね……。勘がいい『ときもある』から、当然よくないときもあるんですよね……」
ため息をついて、ようやく骸は蕎麦をすすった。ちゅるるっというその音は、パスタを食べていると思うと上品だが、蕎麦を食べる音としては失格だ。ラーメンとか蕎麦を食べるとき音を立ててもいいということは骸も知っているのだが、骸曰く、どうしても刺身を食べられない外国人もいるというのと同じこと、らしい。同じか、それ?
「当たるも八卦当たらぬも八卦、占いみたいなものじゃないですか……」
「そりゃあなぁ。全部分かっちゃったら、オレ神様になっちゃうよ」
「蕎麦にコロッケを乗せる男が神様……。世界滅亡ですね」
「いいじゃん! コロッケ蕎麦美味いじゃん!」
骸は、オレの蕎麦どんぶりの頂点に君臨しているコロッケを親の仇でも見るかのような目で見ている。
「僕がこの日のためにネットでお取り寄せした有名店の麺と、麺との相性考えて昆布と鰹から吟味してつくったつゆの織り成す絶妙なハーモニーの上に、スーパーで三個百円で売られているコロッケを……」
「だーかーらー、コロッケ蕎麦美味いんだって! 立ち食い蕎麦のメニューにもちゃんとあるんだぞ? 騙されたと思って食べてみろって!」
「騙されたくありませんよ! どう考えても合うわけないじゃないですか!」
「頑固な奴だなぁ!」
「君みたいに鈍い男よりましです! 何が超直感ですか!」
「っていうかさっきから何なの!? なに!? オレ何か気付いてないことあんの!? 今日お前の誕生日!?」
「違います! 僕の誕生日はとりあえず六月九日ということにしてあります!」
「うわー、なんて言うか、引くわー、そういうノリ」
「同情は結構です」
「してねぇよ!」
話がズレた。
ということに骸も気付いたのか、軽く咳払いをし、もう一口蕎麦をすすった。
「君はね、大晦日なのに僕と二人で年越し蕎麦を食べているという状況に、何か疑問を持たないんですか?」
「って言っても……母さんと父さんは九代目に招待されたからってチビたちを連れてイタリア旅行に行っちゃって、山本は雪山で自主トレの最中で」
一人一人指を折って確認する。
「京子ちゃんやお兄さんやハルはそれぞれ家族と過ごすだろ? 髑髏は今年は犬や千種と過ごすからって出かけちゃうし、獄寺くんはダイナマイトを仕入れるために父さんたちと一緒にイタリアに帰ってて……うん、お前と二人で年越し蕎麦たべなきゃ仕方ない状況じゃん」
「あのね、いくらなんでも獄寺隼人が君の側を離れた時点で気付くべきですよ」
「え?」
つっても、獄寺くんがダイナマイトの仕入れのためにイタリアに行くのって、今回が初めてじゃないぞ?
「普段ならともかく、他の誰もいないときに離れるわけないでしょう、あの忠犬が」
「うーん、まぁ言われてみれば……」
あ、今のは別に忠犬って部分に同意したわけじゃないからね、獄寺くん!
「確かに君の両親が九代目に招かれてイタリア旅行を決めたことまでは偶然かもしれない。しかし、それに君がついて行かないと決めた時点で、他の連中の行動は自動的に、しかし故意に決まってしまったのです」
「……つまりどういうこと?」
「つまり、君と大晦日を過ごすのを避けるために、予定を入れたわけです」
「え……オレそんなに嫌われてるの……」
今までむしろ逆だと思ってた。すげーショックだ。
しかし、蕎麦を食べる手が止まってしまったオレを、骸はキッと睨みつけた。そして、おもむろに一味の小瓶を手に取る。
「ここまで言ってまだ分からないんですか!!」
ザバー!!!
コロッケの上に一味大・量・投・入。
「うわあああなにすんだよ!? コロッケが赤いぃいいい!」
「そんなの、普段あまり二人きりになれない僕らに気をつかってのために決まってるじゃないですか!!!」
コロッケが赤い。
蕎麦のつゆにも赤色の汚染が広がっている。
が、それも忘れて、オレは骸の顔をまじまじと見つめた。
「それなのに君は何も気付かず今日一日……」
口の中でぶつぶつと文句を言いながら、骸は一味の瓶を置いた。空になってるじゃねぇか。
いや、それはともかく。
うわ。
うわぁ。
そうか、骸と二人きりなのか。
「これで三が日も普通通りに過ごしたら刺しますよ」
「あ、いや、えっと……」
くそぅ、顔が熱い。
「は、初詣でも、行く?」
「デートですか」
「デ……っ」
あああ、ますます顔が熱く……。
「ま、夜は長いですからね」
俯いて赤い蕎麦をぐるぐるとかき回すしかないオレに、骸は楽しそうに言った。ああそうか、骸のことだから、最初のオレの鈍さを詰る様子も、自分が楽しむための敢えての過剰演技に違いない。超直感なんて、本当に役に立たない。
悔しいので、骸の椀の中にコロッケを投入してやった。