「それとこれとは別です!」
「ひっ」
がば、と突然顔を上げて噛みついてくるから、驚いて心臓が飛び跳ねてしまった。落としそうになった紙袋を両腕で抱き締める。
(びっくりした……。というか、別なのか? 違う話? 今こいつ楽しかったって言ったよな)
その場に立ち止まり、訳の分からないままヒューバートを注視する。彼は歯軋りでもしそうな勢いだった。獣の子のように毛を逆立たせ、今まで溜め込んでいたらしきものを爆発させる。
「ぼくはただ! 兄さんのそのお人好しな性格が、いい様に利用されるのが許せないだけです」
大声に周りの人が振り返る。ヒューバートははっとして顔を背け、早足で歩き始めた。呆然と後姿を見つめる。胸の方からじわじわと、くすぐったいような、温かいものが広がってくる。顔が緩むのを止められない。
「俺のため……?」
あんなに憤慨していたのは、弟自身のためではなく全て自分のためだったのだ。
どうしよう。
「ヒューバート!」
たまらずばたばたと走り、腕に軽く体当たりする。前のめりになった彼はこちらを睨んだが、声を荒げたりはしなかった。すぐ前を向き、変わらない速度で進み続ける。自分はその斜め後ろに引っついて、彼の名前を連呼した。彼は意地になって聞こえないふりをする。追いかけっこが続く。
「ヒューバート。なあ。なあってば、ヒューバート」
「……ああもう何なんですか!」
遂に堪えきれなくなった彼が振り返る。照れと羞恥と後悔と期待と、他にも沢山のものがいっぺんに押し寄せた、今にも決壊しそうな表情だった。自分のために彼が一生懸命塗り固めた外壁が崩れているのだと思うと、たまらない気持ちになる。もっと色々な彼を引き摺り出したい。滅茶苦茶にしてしまいたい。
「ありがとう、ヒューバート」
溢れそうになる感情を内側へ押し込め、もごもごと何か呟く弟を見守る。
結局ヒューバートに対する思いが何なのか、あれから答えは出せていなかった。今日のように唐突に湧き起こる衝動があれば、理性で静かに抑えている。
だが正直なところ、いつ自分の中で箍が外れてしまうか分からなかった。今だって腕に紙袋を抱えていなかったら、道の真ん中でとんでもないことをしていたかもしれない。弟にはどう伝えたらいいだろう。
(言わない方がいいんだろうな、多分)
いくらなんでも、これが兄の弟に対する愛情なのだとは思っていない。自分の心情そのままを告げたら、ヒューバートは卒倒するだろう。
しかし、兄としての自分が消えてしまったかといえば、そうではない。自分は弟が好きで、ヒューバートが好きだった。言葉では説明できない。彼という存在全てが愛おしい。とにかく好きなのだとしか言いようがなかった。
彼の表情仕草一つ一つ、余すところなく自分のものにしてしまいたい。
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