差し伸べる



黒い霧が渦巻いていた。
親友の伸ばした腕がソフィを傷つける光景を、自分はただ見ていることしかできなかった。吹き飛ばされ、ぐったりと横たわる小さな身体。暗い影。笑い声。
死ね、とリチャードは言った。あの日手を取り合い、友情の誓いをしたソフィに向かって、そう言ったのだ。
(どうしてなんだ)
彼が本心からあんなことを言うとは絶対に思えないし、思いたくない。しかしソフィが怪我を負ってしまったのも事実だった。
目の見えなくなった彼女は苦しげにしながらも気丈に微笑み、それがあの地下道での苦しげな笑みを思わせて、胸が引き裂かれるように痛かった。
またあのときのようにソフィが消えてしまうかもしれない。そんな嫌な考えが浮かんでは、身体中を支配する。
結局あの頃から何一つ変わってやいないのだ。
(俺は…!)
背を丸め、拳を額に押し当てる。湧き上がる恐怖に奥歯を噛み締めていると、こつりとブーツの音がした。
「全く、何をごちゃごちゃと悩んでいるんですか」
はっとして顔を上げると、厳しい顔をしたヒューバートが自分を見下ろしていた。
「あ、っと…」
咄嗟に喋ることができない自分に向かって、彼は手に持っていたマグカップを突き出す。
「しっかりしてください。兄さんがそんな顔をしてどうするんですか」
「ヒューバート…」
「ソフィを助けるんでしょう?」
ぼんやりと瞬きをして目の前のカップを見つめる。温かく立ち上る湯気からは、甘いミルクの香りがした。ひょっとして彼が入れてくれたのだろうか。視線を移すと、自分と同じ青色の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていた。その目に迷いや恐れなどは欠片もない。
自分とは大違いだ。そう思うと自然と笑みが漏れていた。
「ああ、そうだな。ごめん」
カップを受け取り、そっと両手で包み込む。
熱い表面を啜るように飮むと、懷かしい味が広がった。夜中寝つけずにいた自分に母が作ってくれたホットミルクと同じ味だった。少しの蜂蜜を垂らしたそれは独特の風味があって、実はあまり好きではなかったのだが、この方が眠れるのですと言って母は譲らなかった。
「お前もよく飲んでたっけな、これ」
「いつの話ですか。忘れました」
素っ気なく返しながらも、彼は自分の側を離れずその場に立ち続けていた。
「ほら、隣」
微笑み、ぽんぽんと自分の横を叩いて促す。
無言でベッドへ腰掛ける彼に安心して、またカップを傾けた。身体の中が温まっていくのを感じる。ほう、と息を吐くのと同時に、ついぽろりと弱音が漏れた。
「時々不安になるんだ」
言ってしまってから我に返ったが、彼が普通の表情で相槌を打ってくれたので、そのまま前を向いて俯いた。手の中でカップをいじり、握る指に力を込める。
「俺はずっと、強くなりたかった…」
一言口にすると、ぼろぼろと剥げ落ちるように言葉が続く。
「強くなって、そして皆を守れるだけの力が欲しかった。そのために俺は騎士学校に入って…。確かに剣の腕は上がったかもしれない。けどあの頃から何も変わっていないんだ」
友情の誓いをと手を差し伸べたソフィを、リチャードは笑みを浮かべて攻撃した。
血の気を失ったソフィを見た瞬間、弟に怒鳴られるまで本当に怖くて手足が動かなかった。自分は何をしていたのだろう。頭の中が真っ白だった。あんなに固く決心したはずだったのに、また同じことを繰り返してしまったのだ。大切な友人同士が傷つけあっているのを、止めることさえできなかった。
「また守れなかったんだ、俺は」
ぐらぐらとカップの水面が揺れる。怒りと悔しさで息が詰まるようだった。横で黙って話を聞いていたヒューバートが眼鏡の位置を直す。何を言われるのかと覚悟して膝の上で拳を握ると、はあ、とあからさまな溜息が聞こえた。
「思い上がるのも大概にしてください」
「えっ…?」
予想もしていなかった答えに、掠れた声で振り返る。彼は居心地悪そうに視線を逸らした後、ぼそりと呟いた。
「兄さん一人に何ができるっていうんですか」
それから微かに揺らいだ眼差しをこちらへ向ける。
「あのリチャード国王を見て分かったでしょう?これはもう兄さんだけで解決できる問題ではないんです」
「でも俺は…」
「大体」
言い募る自分を強引に遮り、彼はこちらを覗き込んだ。
「シェリアも、パスカルさんも、マリクさんも、ぼくも、ソフィを助けたい気持ちは同じです。一人で全て背負い込もうなんて思われたら迷惑なんですよ」
辛辣な言葉に目を逸らしそうになるが、ぐっと耐えて見つめ返す。それで気がついた。
自分は彼に心配されているのだ。
冷たいフレームと眉間の皺で分かりにくいが、その目は確かに幼い頃の面影を残していた。思えばラントで再会してから今まで、こうして真正面から弟と向き合ったことはなかったかもしれない。七年間で変わってしまったと思っていた彼は、ちゃんと優しいままの弟だった。
手を伸ばして水色の髪に触れる。細く柔らかな感触に、ふわりと肩の力が抜けた。
彼は反応に困ったような表情で、こちらの動きを見上げている。もうこうやって昔のように頭を撫でても嬉しがったりはしないのだろう。だが振り払われないというだけで自分には十分すぎるほどだった。
「ありがとう、ヒューバート。お前がいてくれてよかった」
緩む目元のまま告げると、彼は息をのんで頬を赤くした。ばっと顔を逸らし、右手の指で忙しなく眼鏡をいじる。
「べ、別にぼくはそんな…。不甲斐ない兄の代わりに弟のぼくがしっかりしなきゃと思うだけで、だからその、敢えて礼を言われるようなことでは」
ごにょごにょと言い訳を並べる姿に噴き出し、髪を触っていた手で右手を取る。きょとんとして振り向いた彼に顔を近づけると、間近で大きな目が瞬いた。
「にいさ…」
触れた薄い皮膚は、気候のせいかかさついていた。舌を伸ばして辿ると、びくりと拳の中の手が震える。しっとりと濡れた唇を顔を傾けて食み、開いた隙間から距離を縮める。んう、とくぐもった声が皮膚越しに響いて、堪らず手に持ったカップを置いた。
熱で温められた指に弟の肌は冷たく、手のひらで擦るようにしてむき出しの耳や頬を撫で回す。指に引っかかるフレームを手探りで上へずらして、顔を離す間に遠くへ除けた。息をした彼の後頭部をくしゃりと髪を掴んで支え、唇を密着させる。逃げるように背中がしなる。されるがままの舌を絡ませ吸いついた。彼が服を引いて抵抗してくるのに構っていられる余裕はない。
「ヒューバート」
弟を呼ぶ声が情けないほどに震えていて、それを聞いた彼がまた肩を跳ねさせる。
怖がらせないように唇を触れさせるだけを繰り返し、ぬるついた唾液を舐める。兄さん、とか細い声が届く。
「…ごめん。ヒューバート」
彼には悪いが、止められそうになかった。
唇を甘く噛んで口を開かせる。自分のものではない粘膜の熱さが愛しかった。鼻にかかった声が耳に溶け、顔を見たくて薄目を開ける。ぎゅう、ときつく瞑られた瞳、苦しげに寄せられた眉や赤く染まった目元に満たされる心地がして瞼を下ろした。そうやって気の済むまで交わり続ける。
そして、そのうちにヒューバートの腕が戸惑うように背中に回され、髪を梳いているのに気がついた。
何度もぎこちなく動く指は、自分を慰めようとしてくれているのだろう。こんなふうに弟に縋っている兄なのに。
胸が小さく痛み、重ねていた唇を離す。息苦しさからか、ヒューバートの目には薄く涙が浮いていた。ごめん、と彼の肩に顔を突っ伏す。荒い呼吸を続けていた彼は、息を飲み込んで整えるとぐったりと俯いた。髪に頬が寄せられる。
「少しは落ち着きましたか」
耳に痛い言葉にこくりと頷く。もぞもぞと身体をすり寄せて、首と腰に腕を巻きつける。耳元で溜息を吐くのが聞こえた。流石に呆れられただろうかと思うと顔が上げられない。彼に身体を剥がされてしまわないように、きつくしがみついた。
けれど僅かな沈黙の後、彼はぽつりと呟いた。
「…大丈夫ですよ」
強張った腕に、静かに彼の手がかかる。
「もう絶対にあのときのようにはなりませんし、させませんから」
脳内を取り巻く悪夢を言い当てられ、驚いて顔を上げる。その勢いに目を見開いた彼は、咳払いをして気まずげに捲くし立てた。
「ぼく達はそのためにフォドラへ行こうとしているんです。落ち込んでいる暇なんてないでしょう。それとも兄さんは諦めるんですか。ソフィはもう治らないとでも?」
「いや」
即座に否定すると、彼は言葉を詰まらせた。それからふっと息を吐き出して笑う。
「それでいいんです」
その瞬間、過去の情景が脳裏を過ぎった。
幼い頃、度々家を抜け出しては両親に叱られる自分の側に、ヒューバートはいつも寄り添ってくれていた。兄さんが勝手に街を出たりするから、と文句をこぼしながらも、自分がまた探検に行くことを宣言すると、決まって嬉しそうに笑うのだ。
(ほんと、兄さんは仕方ないなあ)
弟の声が耳にかかる。
「その方が兄さんらしいです」
「うん…」
抱きついたまま肩に顎を乗せ、目を伏せる。
じわりと胸の奥から熱が染みてくるのを感じた。互いの体温を遮る服が邪魔で、分厚い軍服の生地を握る。
「なあ、ヒューバート」
「何ですか」
「あの、な…」
言葉に迷い、結局最後にはそのまま口にした。
「したいんだけど」
小声で囁く。弟の表情は見えなかったが、想像するのは容易だった。大きく身を震わせた彼は、密着していなければ気づかない程度に、こくりと縦に頭を動かした。
ほっと拒まれなかったことに安堵する。
手のひらで薄い髪を撫で、頬を包んで唇を押し当てる。きっと今の自分はみっともない顔をしているのだろう。裸眼の弟に見えていないことを願いつつ、軍服の詰襟を開いて喉に指を這わせた。骨の緩やかな膨らみを唇で辿る。首筋を通って耳の方へ移動しながら、右手を太腿へ伸ばした。
鍛錬によって引き締まった筋肉に、女性的な柔らかさはない。ただ硬いばかりの男の足なのに、異様に胸が騒いでたまらなかった。
身体を起こし、両手でゆっくりと長いブーツを抜き取る。足を折り曲げてベッドの上に乗せると、膝にキスをした。ぴく、とふくらはぎが動いたことに笑みを漏らし、もう片方も脱がせていく。白いブーツが床で倒れ、そちらへ目線を逸らした弟を足の間から抱き締める。温かい。胸に頬を寄せ、指先で中心を擦り続ける。布越しに唇で挟むと湿った吐息が落ちた。赤く色の透けた耳を食む。弟が懸命に首を回して避けようとするので、顎を捉えて息を吹きかけた。
「んっ…」
ぶるぶると目を瞑った後、腕の中で身を捩る。離してほしいのだろうが、その割にこちらの肩に添えられた手は押し返してくる様子がない。
ふとその手を取って噛みついた。指先に薄っすらとついた歯型に見せつけるようにして舌を這わせ、音を立てて離れる。何度か同じ動作を繰り返し、飽きると奥まで指を咥えて太く張った関節を舐める。肌が厚く荒れているのは、いつも剣を握っているせいだろう。自分と手を繋いでいた頃はふにゃふにゃと頼りない感触しかなかったのに、いつの間にこんなに大きくなっていたのか。
「あ、の…」
兄さん、とつっかえながら呼ばれ顔を上げる。
目に涙を溜めた弟が、死にそうな顔で唇を震わせていた。
「ああ、悪い。嫌だったか」
「そうではなくて…。本当にどうして兄さんはそう」
後半はほとんど独り言だった。言いかけたままぎりぎりと奥歯を噛んでしまうのが面白くなくて、上着の裾から手を忍ばせる。インナーの腰を撫で上げると、詰めていた呼吸が乱れた。もどかしげに息をするのをしばらく眺めていようと思ったのに、彼が眉を下げてこちらを見てくるので早々に手を足の間に滑らせた。
僅かに服を押し上げる箇所を指の腹でなぞり、軽く引っかく。閉じようとする太腿を押さえて、手のひらでやわやわと刺激を与えた。微かに高い声を上げ、ヒューバートが唇を噛む。
「だめ、です。兄さん、服」
そう言われて重い軍服とインナーを床に落とす。自分も同じように脱ぎ捨てると、彼の肌へと手を伸ばした。
既にいくらか膨らみを増しているところに、体液を塗りつけるようにして上下に扱く。熱い息を逃しながら弟が瞼を伏せた。上気した頬に思わず唇を当てる。ちゅ、とわざと恥ずかしがらせるつもりで離れたのに、彼は気持ちよさそうに吐息を漏らすだけだった。
眼鏡を外して視界がぼやけているせいで、周囲への意識が薄くなっているのかもしれない。普段とは違う反応に、重く下肢が疼く。
(可愛い…)
下唇や頬に何度もキスを落とし、手の中でぐちゅぐちゅと擦り上げる。触れた肌は明らかに体温が上がっていて、自分まで背筋が粟立つのを感じた。
とろりと溢れたものが指を伝ってシーツに垂れる。
「もういきそうか?」
低く聞くと、朦朧と頷き返す。潤んだ瞳と視線が合った。汚れていない方の手で目元を拭い、足の間に腰を屈める。彼は初めは不思議そうにしていたが、自分が姿勢を低くして口を開けたのを見るなり鋭い悲鳴を上げた。
「ちょっと兄さん、やめ」
苦い味が広がるのと同時に、弟が息をのむ。
先端を咥えて舌を当てると、我に返った彼に髪を鷲掴みにされる。手加減なくしてくるので相当痛いが、その余裕を失った様子に却って興奮を煽られた。力に逆らいながら根元に指を添え、ぬるりと体液を舐め取る。唇に力を入れて食むと、張り詰めた硬さが直に伝わった。気管いっぱいに彼の匂いが充満する。
「にい、さ…」
髪を掴んでいた手から力が抜け、弱々しく頭にのせられる。まるで撫でられているように錯覚して、目を細めた。
嫌だやめてとうわごとのように呟くのを聞き流し、片手で扱きながら強く吸う。びく、と太腿が跳ねた。
「やっ…」
喋っていたせいでろくに声を殺すこともできず、彼はそのまま口の中へ熱を吐き出した。勢いよく喉にかかって咽そうになるが、何とか堪えて残りも吸い出す。零さないように顔を傾けて離し、ねばつくそれを飲んでいるところでまた急に髪を掴まれた。
「んんー」
痛みに呻きながら上体を起こし、向かい合う。ごくりと喉を鳴らすと、彼の顔が青褪めた。
「な、何してるんですか、早く出してください!」
「無茶言うなよ。それにあまりベッドを汚すとまずいだろ」
「だからって飲むことないじゃないですか!」
顔を覆い、頭を肩口に押しつけてくる。
「泣くなよ」
「泣いてません…」
俯く彼の頭から背中の丸みを辿り、腰を掴む。むずがるように身じろぐのを宥めて、自分を跨いで膝立ちにさせた。
こちらを見下ろしてくる瞳は不安げだったが、その奥にははっきりと鈍い熱がちらついていた。ぼんやりと開いた口から、濡れた舌が覗いている。
「んっ…うう」
背を伸ばして口づける。弟は素直に答えたが、口内に残る精液にぐしゃりと眉を寄せた。逃げようとする頭を押さえて舌を擦りつける。
上から唇を通じて流れてくる唾液が端から垂れ、緩々と首の方まで伝っていく。
「…嫌がらせですか」
ヒューバートが顔を顰め手の甲で口を拭う。もごもごと舌を動かして感覚を消そうとしている間に、脱ぎ捨てた上着からクリームを取り出した。水気のあるそれを冷たくないように手のひらで温め、指に厚く塗りつける。開いた足に触れると、彼の腕が固まった。
「力抜けよ」
「分かってます」
むっとしたように返し、息を吐き出す。そのタイミングに合わせてそっと指を差し込んだ。
つらそうな弟に謝罪して、クリームを足しながら慣らしていく。できる限り傷つけないようにしたいのに、時折熱い粘膜が締めつけてくるから苦しかった。汗の匂いのする肌を舐め、ゆっくりと鎖骨に歯を沈める。うあ、と中途半端な声が上がった。首に腕が巻きつく。縋るように頬をすり寄せられて、くしゃくしゃと肌の間で髪が乱れた。
弟の苦痛を早く紛らわせようと、少しずつ指の動きを広げていく。中を探り、そうして奥の一点を掠めたとき、高い声と共に膝が崩れた。がくりと力の抜けた身体を支え、慌てて彼の顔を自分の肩に押しつける。
乱暴に口を塞がれた弟が、のろのろと目線をこちらに寄越すのが分かった。
「声、抑えないと響くから」
それだけ告げると、しばらく瞬きをした後ようやく意味を汲み取ったらしい。はっと息をのむ音が聞こえた。羞恥も手伝ってか、きつく肩に歯が食い込む。
彼が落ち着くのを待ちながら、空いている手を髪に差し込んだ。短い毛先が指の股を滑る。抱き締めあったまま動きを止めると、鼻の頭が寒くなって首筋に埋めた。弟がくすぐったがって漏らす微かな声しか聞こえない。
「平気か?」
「ん…」
彼が頷くの確認してから指を入れ直す。先程反応した箇所を往復させると、びくびくと身体が跳ねた。濡れた肩に吐息がかかる。爪が背中に刺さる。耳元では抑えられた嬌声が引っ切りなしに上がっていた。いつも真っ直ぐに背筋を伸ばしている弟が、その影もなくしな垂れて喘いでいる。それを思うと息が上がった。段々と全身の感覚がおかしくなってくる。
「なあ、ヒューバート。上乗れるか」
増やした指を広げながら問うと、彼は無理ですと首を振った。頭を離させ、ベッドに押し倒す。巻きついていた腕が徐々に離れて、ぱたりとシーツに落ちた。熱でふやけた目が見上げてくる。それに動かされるまま自身を擦り、足を掴んで押し当てた。反射的に彼が腰を引く。
「ま、待ってください。ちょっと、兄さん」
言うのも聞かず進めると、彼は目を見開いて口を押さえた。苦しげに息を詰め、顔を顰める。ぼろりと涙が零れた。
「悪い。動くぞ」
浮いた腰を掴んでゆっくりと揺する。
入れやすいように足を開いていた方が楽だろうに、彼はこちらの身体に肌を近づけようとする。狭くなったそこに締めつけられて、思わず眉を寄せた。シーツを握っていた手が宙を彷徨い兄の腕に触れる。
弟は顔を真っ赤にしてぼろぼろと泣いていた。声を殺し、同姓に、それも実の兄に貫かれて快楽を見出している。自尊心の高い彼にとってこの行為がどれほどの屈辱か、分からないわけではない。
「どうしてここまでしてくれるんだ」
「う、あ、にいさん…?」
「こんなの嫌だろ、お前だって。なのに…」
見苦しく言葉を重ねる自分を、弟が見上げる。兄さん、とか細い声が訝しげに響いた。居た堪れずに視線を逸らす。鈍い自分が気づいているくらいなのだから、弟が悟るのも時間の問題だろう。
自分はただ、違うと言ってほしいのだ。嫌いではない。嫌ではない。
(…どうだろう。親父も母さんも、俺のことが嫌いなのかな)
幼い頃からこの弟だけは自分の味方だった。好かれている自覚も自信もあった。だがそれもラントで再会するまでのことだ。
弟に故郷を追い出されてから、ずっと怖くて堪らなかった。こうして自分を兄と呼んでいても、本心ではまだ恨んでいるのかもしれない。そうでなくともこの行為だって、あのときの罪悪感から拒めずにいるだけなのかもしれない。
弟がそんな感情だけで身体を開く人間ではないと分かっているのに、一度考え始めると止まらなかった。だから一言だけでいい。
「なあ、ヒューバート」
少しでいいから、弟からの好意を言葉で確かめたかった。
ぐちゅ、とぬかるんだ音が立つ。小さく喘ぎながら、腕に添えられた手がするすると上へ辿る。これ以上伸ばせないところまでくると、弟は不恰好に微笑んだ。
「好きだからですよ」
「ヒューバート…」
「兄さんに甘えられるのも、悪い気はしませんし。ね」
涙でぐちゃぐちゃになった顔に、全身の血が巡るのが分かった。それが下肢に集まるのを直接感じ取ったのか、彼はまた口元を覆った。
手のひらの隙間から切なげな声が漏れる。腰が揺れているのは無意識なのだろう。微かな刺激よりも彼の姿に耐えられなくなって、奥まで腰を打ちつけた。太腿の付け根が密着する。
跳ねるようにしなった弟に、小声で呟く。
「ごめんヒューバート、俺も好きだ」
歪んだ顔が更に歪む。強く前後に揺さぶると、表情を隠すようにシーツへと首を捻った。それでも腕を掴んだ手は離れない。嬉しかった。動きを速めて奥へ狙いをつける。明日には宿を出て遺跡へ向かう予定だった。なるべく道の負担にならないよう、弟だけいかせてすぐに抜こうと思っていたら、その前に中を締めつけられて息をのむ。
大きく痙攣した彼が、腹の上に熱を吐き出す。絡みつく粘膜に堪えきれず、自分も続けて彼の中へ放ってしまった。
「くっ…」
一瞬頭が白くなる。ずるりと腰を下ろし、口を開けたまま肩で息をした。
ものが抜けて静かに垂れる体液を見ながら、わざと追い詰めるような真似をした弟に不満を漏らす。
「お前、何するんだよ…」
「シーツを汚すなと言ったのは兄さんでしょう?」
ふふ、と悪戯っぽく唇の端が上がるのが、指の間から見える。どうやら先程のことを根に持ってしまっているらしい。あのな、と言いかけて、彼が浅い呼吸しかしていないことに気がついた。口を覆う手を外すとようやく胸が上下する。唾液まみれの口元を拭い、タオルを取りにベッドを降りた。
戻ってくると、弟はぐったりとした様子で横向きに体勢を変えていた。簡単に濡れた身体を拭い、腰の下にタオルを敷く。
自分に仕返しをするような余裕はあっても、身体のだるさはどうにもならないのだろう。ほっとしたように目を細める彼の髪をかき上げて、額にキスを落とす。
「兄さん…」
彼が顔を仰向けて腕を引いてくるので、そのままベッドに雪崩れ込んだ。
正面から抱き締め、唇を触れさせる。これだけ近くで見ると、瞳の色がよく分かった。彼の思いが伝わる。
「…もう本当に大丈夫だから。ごめん、心配させて」
控えめに背中に回されていた手がぴくりと震えた。目を開いた彼はこちらを見、それから瞼を伏せる。
「全く、ごめんごめんってさっきからそれで何度目ですか。謝れば済むと思って…」
責めるような口調だったが、その声には軽い笑みが含まれていた。
「昔から何も変わらないんですね、兄さんは」
「お前もだろ」
「そうですか?」
「少なくとも俺はそう思う」
断言すると、弟は複雑そうな表情で首を傾げた。
抱き締めたまま肘を突いて半身を起こし、圧し掛かって頬に顔を寄せる。まだ余韻で熱い肌を吸うと、青い目が緩んだ。ほら同じだ、と囁く。
「変わらずにいられることだってあるんだ、きっと」
脳裏を過ぎる思い出に笑みをこぼす。胸の靄が溶けていくのを感じながら、柔らかな弟の髪を梳き続けた。

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