ハッピーハロウィン



生徒会総出で運び込んだカボチャを前に、ロロは目を丸くする。
机の上は一面オレンジ色だった。こんなに沢山どうするのかと問えば、ルルーシュは苦笑して肩を竦めた。
「リアリティを求めた結果だそうだ。会長の思いつきには困ったものだな」
そうではなくて、この巨大なカボチャをどうするのかと聞きたかったのだが、答えないということは知っていて当たり前の知識なのだろう。ロロはそうだね、と相槌を打つ。
ルルーシュはカボチャを一つ手に取ると、へたの部分をナイフで丸く切り取った。それから小さなスコップのようなもので中をくり抜き始める。
「何してるの?」
「何って、ランタンを作るんだろ?」
首を傾げるロロに訝しげにしたルルーシュだったが、すぐに、ああそういえばと視線を左上に飛ばした。
「いつもはレプリカで済ませていたからな。実物を見るの初めてか」
都合よく記憶を書き換えたらしい彼の言葉に頷く。
「うん。こうやって作るんだね」
「生臭いからしばらくは匂いが取れないかもな」
少し嫌そうにしながらも、カボチャの中身を出していく。ロロは隣の椅子から眺めていたが、つまらなくなって近くのカボチャを手に取った。
「お前もやってみるか?」
「うん」
このまま椅子に座っているよりは、何か仕事があった方がいい。
ルルーシュがへたを切ったカボチャとスコップをこちらへ手渡す。ロロは立ち上がり、彼と同じように上から力を入れてスコップを刺した。すると思いのほか簡単に柄の方まで沈んでいく。水っぽいぐじゅぐじゅとした中身を崩し、出したものをバケツへ入れる。
「これは捨てちゃうの?」
「ああ、食べられないからな」
「ふうん。勿体ない」
呟くと、ルルーシュが眉を寄せて念を押した。
「食べるなよ?」
「分かってるって」
「心配だな…」
「食べないから」
ルルーシュはまだ疑っているようだったが、こちらだっていくら何でも食用でないものを無理に食べたりはしない。少し我慢していれば、ルルーシュの手製の料理が食べられるのだ。こんなもので腹を下すのも馬鹿らしい。
その後も会話を続けながらカボチャをくり抜いていく。互いに手元のものが終わったところで、ルルーシュの携帯が鳴った。ミレイからの呼び出しで、今すぐ生徒会室に行かなければならないとのことだった。
「悪いけど、俺がいない間に進めててくれるか?」
ルルーシュは三つほどへたを切り取ると、こちらの頭を撫でて申し訳なさそうにする。
「疲れたら休んでていいからな。それじゃ」
「行ってらっしゃい」
ルルーシュを見送り、ロロは次のカボチャを手に取った。
要領は何となく理解した。初めよりスムーズに動くスコップにささやかな満足を覚えながら中を掘り進む。べちゃべちゃとバケツに残骸が溜まる。青臭い匂いも、ルルーシュが言うほど気にはならなかった。むしろ不衛生な、自分にとっては懐かしい感覚を思い起こさせる。胸の奥の方で微かに気分が高揚する。
ごりごりと皮の間際まで中身を削り、三つ目のカボチャに手を伸ばす。掘る速度は更に上がっていた。そして四つ目、五つ目と、進めば進むほど上達していく。
頭の中は自然と冴えていた。どこをどうすればより効率的に仕事を達成できるのか。スコップの向きを変え、角度を変え、黙々とそればかりを考える。左手で頭を押さえつけ、ぐちゃ、と中身を掻き出す。スコップが届かないところまで終わったので、手を入れて残ったものを集めた。爪の間から手首まで、気色悪い果肉でべとべとに汚れる。汁が腕の方に伝った。指先を払っても、水気の多い肉は中々落ちなかった。そのままナイフを握る。先程からずっとそうしているので、柄は既にぐちゃぐちゃだった。カボチャの旋毛を切り落とし、繊維や肉の詰まった中身を抉る。生臭い液。頼りないようで、意外と手応えのある感触。ぐちゅ、ぐじゅ、と水の音がする。
(ああ、これ…)
似てるんだ、と思ったところでルルーシュが部屋のドアを開けた。
「遅くなってすまない」
入ってきた彼は、机の上を見て目を見開いた。
「これ、お前が全部やったのか」
「そうだよ。兄さんがいなくて暇だったから」
言いながら、べちゃりとスコップの中身を捨てる。バケツはいっぱいで溢れそうになっていた。
ルルーシュは空のカボチャを取り、引っくり返して中を確認する。
「すごいな。綺麗にできてる」
それから、ん、と目を眇めた。机のナイフに視線を移す。
「お前、教えてないのに勝手に使ったな」
「兄さんの隣で見てたし」
「見るのと実際使うのとは別物だろう。全く、怪我でもしたらどうするつもりなんだ」
「…ごめんなさい」
人の肉までは簡単に切れないような仕組みになっているのに、本当に過保護にも程がある。
ルルーシュは息を吐き、ぽんとこちらの頭を撫でた。
「まあ、お前を一人にして行った俺にも責任はあるしな」
「何それ。僕子どもじゃないんだから」
思わず口を尖らせると、ルルーシュが笑った。
「そうだな。こんなに沢山頑張ったもんな」
ルルーシュが果肉で冷えた手を取り、タオルで包んで拭う。どうせすぐに汚れてしまうのにと思ったが、じんわりと温かかったのでそのままにさせた。代わりに小さくこぼす。
「また子ども扱いして…」
「悪い悪い。この調子で最後まで終わらせるか」
うん、と返事をして作業を続ける。ルルーシュがいないうちにほとんど片付けていたので、間もなく最後の一つになった。
隣からルルーシュが見ている。それを意識して、殊更綺麗に処理するように気をつけた。
「できたよ、兄さん」
差し出したカボチャに、ルルーシュが感心したように微笑む。
「ロロは本当にのみ込みが早いな」
そのまま頬に触れようとして、手が汚れているのに気がついたらしい。二人で連れ立って蛇口で流す。適当なところで手を拭おうとするとルルーシュに叱られた。
「まだ爪の間に残ってるじゃないか」
「そのうち取れるよ」
しかしルルーシュは懸命にオレンジ色の繊維を取り除こうとしている。肉の境目を広げられ、びくりと指を引いた。
「ねえ、痛い」
ルルーシュはそれでようやく手を離した。きゅ、と水を止める。ルルーシュの手は自分とは違い、元通り綺麗になっていた。こなした作業の量が違うのだから当然だろう。結果的に自分の割合が多くなったものの、それはルルーシュがミレイに緊急で呼び出されたからであって彼自身に非はない。それなのに悲しそうにしているのが不思議だった。
「兄さん」
「ああ、ごめん。しばらくすれば自然に落ちるよな」
自身を納得させるように笑い、空洞になったカボチャを洗っていく。自分も手伝うと言ったのに、今度はさせてもらえなかった。椅子に座って足をぶらつかせる。それでも暇だと訴えると、タオルでカボチャの表面を拭くように指示された。だが洗うのと拭くのとでは圧倒的に前者の方が時間がかかり、自分が暇なことに変わりはなかった。
やがて全て終えると、ルルーシュが黒いクレヨンを持ってくる。でこぼことしたオレンジ色の皮に、つり上がった両目とぎざぎざの口が描かれる。
「これって…」
「ん?」
「何のために作ってるの」
見よう見まねで手元のカボチャに跡をつけながら尋ねる。ルルーシュの描いた顔は、凶悪そうな笑みを浮かべていた。とても飾って楽しむもののようには思えない。
「悪いものが来ないためのおまじないだからな」
「悪いもの?」
「ああ。今じゃ仮装自体がメインになってるけど、ハロウィンは元々そういうお祭りなんだよ」
ルルーシュが下書きの通りにナイフを入れていく。ぱこ、と切込みを押すと穴が開いた。
「悪いものって何?」
彼の指が切り口をなぞる。
「何だろうな。妖精や怪物、幽霊。この世のものではないもの」
死、そのものかな、とルルーシュは言った。
顔のくり抜かれたカボチャを渡され、不気味な笑みと向かい合う。こちらをじっと見つめてくるそれに、何となく嫌な気分になった、気がした。
机の上に戻し、他のカボチャに顔を描く。そのどれもがこちらを見ている。
「悪い霊を怖がらせて追い払うんだ」
絵本を読むように穏やかな声音だった。また一つ、ランタンが机に置かれる。顔が増える。
ロロはなるべく前を見ないようにしてクレヨンを握った。ルルーシュががりがりとナイフを動かす。
「兄さん、幽霊なんていないよ。妖精も怪物も。この世のものじゃないんでしょう?それならいないのと同じだ」
「怖いのか?」
ルルーシュが優しく微笑む。
「ううん。ただ…」
呟いて手を止める。顔を上げると、いくつもの顔が自分を睨んで笑っていた。
両目や口から、ぽっかりとした空洞が覗く。思わず視線を逸らし、口元に手をやった。その手は未だに冷たく汚れていた。目線の先には肉で溢れたバケツがある。
「悪いものは…」
ロロは細く息を吐き出し、振り切りようにまた首を振った。
「何でもない」
にこりと見上げると、ルルーシュが頭を撫でる代わりに軽く腕をぶつけてきた。微かに頬を綻ばせ、こちらからも体重をかける。胸が少し温かくなった。ねだるように上目遣いをし、間もなく近づいてきた唇を食みながら瞼を伏せた。
彼に触れない指先を、そっと背中の後ろへ隠す。
「兄さん、ハロウィンのおまじない…。効くといいね」

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