剥き出しの項をくすぐると、ロロが身を捩って首を竦めた。
逃げようとする身体を引き寄せて喉に吸いつく。ひあ、と掠れた声が上がってルルーシュは笑った。そのまま丸い形に沿って唇を這わせる。
すべすべとした肌は単純に気持ちがよかった。薄い皮膚の向こうには大事な血脈が流れている。柔い骨だ。こんなもので守っていても、噛みつけばぽきりと折れてしまいそうに頼りない。
思い出したように舌を出すと、びくんとロロの身体が強張った。
絡んだ足を更に近づけてシャツの背中を掴む。ロロの手はシーツの上を無意味にさまよっていた。撓んだ布が白い指先に合わせて影の位置を変える。それを見ていると、空いたままの自分の背が意識に上ってきた。一向に回される気配のない腕は、以前やんわりと拒まれたときのことを覚えているのだろう。聞き分けがいいのは高評価だ。ルルーシュはぼんやり思いながらシャツを離し、手のひらで温めるようにして肉のない背中を撫で回す。
「にいさん…」
甘い匂いが漂う。恐らく先程作ってやったホットミルクだろう。
ルルーシュは顔を上げ、しっとりと熱い口内に舌を差し込む。すると待ち侘びていたように早急に絡んでくるものがあったが、味が知りたかっただけなので一度擦り合わせただけで離れた。追ってこようとするロロを、唇に指を当てて制する。
一瞬しょげた顔をしたロロだったが、次には元の表情に戻っていた。じゃれ合いを楽しむように、ぬるりと赤い舌が指に触れる。唐突な行動だったが、予想はしていたの驚かなかった。逆に視線で促してやると、ロロはアイスでも舐めるような無邪気さでぺろぺろと舌先を這わせてきた。瞳を細めて、時折ちらりと目線を上げてはこちらの反応を窺う。
まるで猫だ。ルルーシュはずっと、そうロロのことを思っていた。
彼が甘えるのも機嫌を悪くするのも、ルルーシュの計り知れないところにスイッチがあって、だからいつもハラハラしていたのだ。今は懐いていても、ふっといつか目の前からいなくなってしまうのではないか。兄さんなんて知らない、嫌い、と言われてしまうのではないか。そんな恐怖が常に付きまとっていた。
形の見えない不安に突き動かされ必要以上にロロを囲おうとする自分に、生徒会もそしてロロ自身も呆れたように笑っていた。
(僕はどこへも行かないよ)
ね、と首を傾げるロロをぎゅうぎゅうと抱き締める。それでようやく安堵する自分を、このロロはどう思っていたのだろうか。
ふと意識を戻すと、大きな瞳がこちらを見上げているのに気がついた。何を映しているのか分からない、ガラスのような虹彩が瞬く。ぬち、と舌が蠢いた。肌にかかる呼気は僅かに熱を帯びて湿っている。
ルルーシュは動揺を悟られないよう、何気なく指を引き抜いた。
不自然なく、手っ取り早く目を閉じさせるためにロロと唇を合わせる。しかし暗い視界の中にまでロロの気配は入り込んできた。薄紫の瞳。見られている感覚。
ロロはいつでもそうだった。こちらの一挙一動を観察して、何か『違う』ところがないか注意深く探っている。
そうやって自分に完璧な兄の姿を強いるのだ。
指先の唾液をシーツで拭いながら、ルルーシュは薄っすらと目を開く。
視線がかち合うと、ロロは嬉しそうに微笑んだ。音を立てて軽く唇を啄ばまれる。どうするか少し迷ったが、結局振り払うことも反応を返すこともしなかった。
黙って受け入れるルルーシュに気をよくしたのか、ロロはルルーシュの頬を包み込み、何度も何度も同じ行為を繰り返す。
ただ触れられるだけの口付けを浴び続け、いい加減退屈に思い始めた頃だった。
するりと頬を滑った指が首にかかる。爪の先でくすぐるように引っかかれて、ぞわっとした感覚が湧いた。くすくすとロロのこぼした笑みが広がる。
驚いて身を引くと、眼前の瞳の中に顔を引きつらせた自分の姿が映っていた。
得体の知れない恐怖に身体が逃げようとする前に、すう、と瞳が細められる。
「綺麗だね」
何が、と問うとロロは喉を揺らした。うっとりと覗き込む仕草に背筋が凍る。
ロロは答えなかったが、彼の視線は、明らかにある一点に注がれていた。ルルーシュは改めて自分とロロの体勢を理解する。密着したこの状態ではどうやってもコンタクトは外せない。仮に隙をつけたとしても、その前にロロのギアスが発動する。首に添えられたロロの右手。左手は確実にどこかに隠し持っているだろう凶器に伸ばされる。
思えばロロには造作もないことなのだ。別にルルーシュが彼に牙をむかなくとも、彼が望み、決断を下した瞬間に自分の時は止まってしまう。全てはロロの意思一つだった。
嫌な汗が流れる。ルルーシュは最大限の優しい動作でロロの髪を撫で、耳や顎の裏をくすぐった。ロロが小さな笑い声を立てる。可愛らしく身を捩じらせ、猫のように微笑む。
「好き。兄さん」
蕩けそうな声音で、身体をすり寄せる。態度とは反対に、見上げてくる瞳はルルーシュを鋭く射抜いていた。
気持ち悪い、と素直に思った。
だからもっと懐かせなければいけないのだ。
猫は他の生き物を殺す。無邪気な愛らしさで死骸を弄ぶ。
全ては主人のため。
それならロロの主人は誰だ。今はルルーシュかもしれないが、いつそれが他の人間に移行するかも分からない。
例えばV.V.や皇帝や枢木スザク。ありえない想像だ。
だがもし、万が一そうなってしまった場合、自分はどうなる。
ルルーシュはぞっとした。
真っ赤な口元で自分の死体を愛撫するロロの姿を、想像してしまったからだ。
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