Vermillion



執務室に戻るとロロがいた。
嚮団殲滅の作戦を前にして、ブリタニアの工作員の一人として騎士団の面々に引き合わせたのだ。突然現れた学生に彼らは目を丸くしたけれど、ルルーシュはゼロの声音で無理やり押し通した。彼らが不安を覚えたところで、どうせすぐに死んでしまう相手なのだ。構わない。
ロロはソファに座り込んで背中を丸めていた。水色のパイロットスーツを着込んでいる。以前、いつか彼をヴィンセントに乗せるときのために用意させていたものだ。
ルルーシュは仮面を外すと彼の後ろに歩み寄り、ソファの背に手をかけた。
「サイズは合っているようだな」
「兄さん…」
ふらりと上げられた、ロロの顔は暗い。作戦を前にして迷っているのだろうか。
忌まわしいギアス能力者の温床。ルルーシュにとってはそうでも、ロロにすれば故郷といえるような場所なのかもしれない。拾ってもらった恩がある、とロロは言っていた。少なくともその程度の情はあの組織に持っているのだろう。
(面倒な)
ルルーシュは微笑みながら悪態をつく。あれほど彼の望む幸せを夢見せてやったというのに、まだ足りないというのか。
べたべたに愛情を塗して、甘い言葉で囁いて、それでもまだ過去の生活に縛られている。
だから、シャーリーを殺したのだ。何度も殺してはいけないと言ったのに。お前の未来にそんなものは必要ないのだという、その言葉も彼の過去の前では無意味だった。信じていいのと繰り返すロロは、結局何も信じてはいなかった。
任務と兄との間で揺れていた、あのときから一つだって変わっていない。
どちらも中途半端に欲しがるからこうなるのだ。任務も、兄の存在も、大好きなルルーシュに握り潰されることになる。
「ロロ…」
ルルーシュは、そっと彼の頬に指を添える。びくりと震えるロロは手の中の携帯を握り締めた。ハートのチャームが揺れる。きらきらと光を弾くそれに、重く腹の底で蠢くものがある。
「大丈夫だ、ロロ。俺がいる。言っただろう?これは俺達の未来のために必要なことなんだ」
みらい、と馬鹿な男は呟く。ルルーシュは笑った。
(その未来に俺はいない。俺の未来にもお前はいらない)
手のひらで頬を包んで頭を撫でてやると、ロロはぎゅうと眉を寄せた。今はそんな仕草さえ腹立たしい。従順な弟でいれば、兄弟ごっこを続けてやるくらいには愛していてやれたのに。
「兄さん…」
その小さな唇で、シャーリーを殺したと、兄さんのためだと微笑んだ。
もう終わりだ。ルルーシュは身を乗り出してロロに口づける。大きな目を零れ落ちそうなほど見開いたロロに、再度噛み付いてくしゃりと後頭部を掴んだ。兄さん、と声が漏れる。馬鹿な男だ。馬鹿な弟。馬鹿な殺し屋。何にもなりきれなかった男が、幸せな未来など手に入れられるはずがない。
(…ね、兄さん。同じ運命だね、僕達)
嬉しそうに囁く姿が蘇る。





ふ、と噛み締められた唇から吐息が漏れる。
剥き出しにした白い首筋を舐めると、ぶるぶると肌が震えた。そのままスーツの前を肌蹴させて下へ辿っていく。
「ん…」
片手で胸の飾りを転がしてやる。柔らかいそこが徐々に硬さを増していくのを確認しながら、ルルーシュはロロの耳に歯を立てた。噛み千切りたい衝動を抑え、ふっと息を吹き込む。ロロ、と彼が好きそうな声で呼んでやると、分かりやすく反応が返ってきた。
「何だ、もう触って欲しくなったのか?」
太腿を擦り合わせるようにもがくロロに、ルルーシュは口角を上げた。それで初めて気づいたらしい彼がハッとする。真っ赤な顔を歪ませて脚の動きを止め、ルルーシュから視線を逸らす。
顰められた目元は遠くを見ているようで、何も映してはいない。ルルーシュは苛々とロロの下腹部へ手を伸ばした。
びくっとロロの膝が跳ね上がる。避けようとする腰を、肩を押さえることで捕らえて弄り回す。スーツ越しに現れ始めた形を指先で摘んで上下に強くなぞると、ロロは手で口を覆って背を反らせた。
散々覚え込ませた指の動きは、意図も簡単に目の前の小さな身体を追い詰める。手の動きもそのまま胸の突起をねぶってやれば、逃げ場をなくした痩躯が自身を守るように縮こまろうとする。ほっそりとした太腿がルルーシュの脇腹に当たった。露わになった後ろ側に、ルルーシュは指を這わせる。
「い、嫌だ…」
折り曲げた関節でぐりぐりと刺激すると、ロロは目を瞑って足をばたつかせた。その拍子に身体を蹴られて、ルルーシュは呻く。ロロは真っ青な顔をして硬直した。
「ご、ごめんなさい、兄さん、あの…」
「いい、気にするな。ブーツが当たって驚いただけだ」
「でも…」
不安げにこちらを見上げるロロに、ルルーシュはいいから、と繰り返す。ロロはしばらくルルーシュを見つめていたが、やがて怒っていないと理解したのか、くたりと身体の力を抜いた。
急に大人しくなった彼は、じっと目を伏せてルルーシュの行動を待っている。ルルーシュは舌打ちを隠すように乳首に吸い付いた。臍の辺りまで開いたスーツを強引に引っ張って肩を露出させ、素肌を掴む。脇の下からさわさわと胸の辺りを撫で回すと、微かな喘ぎが聞こえた。
耳の奥をくすぐるような声に、濡れた唇を重ねて爪でロロの性器を引っかく。ひっ、と合わせた唇が引きつって震えた。
「これがいいのか?」
涙の浮いた瞳を覗き込みルルーシュは笑う。どこか呆然とした表情のロロは、ルルーシュだけを視界に入れて言葉を失っていた。幼い小鳥のような顔。ルルーシュは胸が満たされるのを感じ、本当に微笑んだ。
(それでいい)
この男は自分だけを見ていればいいのだ。自分の発する言葉を信じて、従って、そうして死ねばいい。最後くらいは自分のこの手で終わらせてやる。幸せな兄弟のまま。
(大好きな兄に殺されるのなら本望だろう、ロロ)
最後の情だ。それにこの男には駒として役立ってもらわなければならない。そうでなければ、今まで屈辱に耐えて懐柔してきた意味がなくなってしまう。
ルルーシュは深く舌を絡ませて、ロロの性器に刺激を与え続ける。爪を立て、生地を抉るように行き来させると、びくびくと全身が震えた。少し痛いくらいの方がこの男は興奮するのだ。普段ギアスを乱用して一方的な暴力を振るっている反動なのだろう。虐げられると安心するのかもしれない。
倒錯した性癖を埋めるように痛めつけていると、唐突にロロが大きく戦慄いた。首を振ってルルーシュから逃れようとするので、舌を噛まれないように顔を離す。
ロロの指先が肩に食い込む。身体を剥がすように押してくる彼は、唇を噛み締めて快楽に耐えていた。いくのか、と思った。
ルルーシュは白い前歯の乗る唇を官能を揺さぶるように撫でてやり、薄く開いたところに親指を突っ込んだ。驚いたように菫色の目が瞬く。ぬるりと舌を押し潰すと目尻に涙が滲んだ。
ぐしゃぐしゃに顔を歪ませたロロは、指の隙間から喘ぐ。自身の唇にしていたように噛み付けばいいのに、傷つけまいとして必死に口を開いている。
「あ…。いや、駄目」
てらてらと艶かしい動きにこちらの熱も高まるのを感じた。手の中に収まったロロの膨らみは固いスーツの生地を押し上げ、僅かに染みた精液がルルーシュの指を湿らせる。これでこの状態なのだから、きっと中は酷い有様になっているのだろう。
手のひらで包み込み、それまでほとんど触れていなかった先端に親指を当てると、驚くほどぬるぬると滑った。ああ、とロロの喉が開く。
「駄目、やだ、兄さん、だめ」
もぞもぞと太腿が動く。ブーツの底が床やソファの肘掛を蹴り付けているのが分かった。きつく瞑られた目から一筋の涙が落ちる。顎を押さえられて顔を背けることも叶わずに、ロロはぞくぞくと身を震わせた。
ルルーシュは腰の疼きを感じながら、優しくロロに囁く。
「出せばいい。辛いだろう?」
張り詰めたそこは、伸びない生地に締め付けられて苦しそうに固まっている。親指の付け根で労わるように触れ、ルルーシュは目を細める。
こんな手のひら一つでよがりもがく存在が哀れで、滑稽でならなかった。嫌ならギアスで逃げればいい。それをしないのは彼が恐れているからだ。本気で逃げて、それで兄が自分に見向きもしなくなったら。お前なんかいらないと言われたら。
もし自分が一言拒絶したら、この男は果たして生きていけるのだろうか。
ロロは汗で張り付いた髪を振り乱し、泣きそうな声で懇願する。
「ちが…。そうじゃなくて…。お願い、離して」
蠢く舌と同じくらい上気した頬が幼い。唾液に満ちた口内や、熱に濡れる瞳との不釣合いな様子が却っていやらしく映った。
縋るようにルルーシュを見つめるロロは、一向に止まない刺激に遂に何かが切れたのか、声を上げて嫌だ嫌だと騒ぎ始める。ルルーシュはぎょっとして手を離す。外に声が漏れるとか、一体何事かとか、瞬く間に様々な思いが駆け巡るのと同時に、ロロの喉が仰け反った。
びゅ、と覚えのある音が聞こえる。ルルーシュは手を宙に浮かせたまま、半ば呆然として、数度に分けて繰り返される射精を眺めた。
どうやら断続的に与えられていた刺激が急になくなったことで、逆に強い刺激として感じてしまったらしい。内股をびくびくと痙攣させ、ロロは深く息を吐き出す。浮遊感を味わっているだろう表情に、ルルーシュは自分の熱が引いていくのを感じた。勝手に達してしまった相手に萎えたのかもしれない。
思わず溜息を吐くと、ぼんやりと天井を見ていたロロがこの世の終わりのような顔をして起き上がった。
「ご、ごめんなさい」
先ほどと打って変わって青白い顔で視線を逸らす。ルルーシュは唾液のついていない手の甲で彼の頬を拭ってやった。
「気にすることはない。出していいと言っただろう」
「だから、そうじゃなくて」
宥めてやるつもりが、思いのほか強い言葉を返されて目を丸くする。ロロは俯いて拳を握った。四方に跳ねた癖毛が眼前で揺れる。
「兄さんが折角用意していてくれたのに…」
用意、と首を傾げると、ロロは消え入りそうな声で言い添える。
「パイロットスーツ…」
ルルーシュは彼の下半身に視線をやった。それで合点がいく。恐らくべとべとに汚れているだろうスーツは、もう使い物になりそうになかった。頑なに射精を嫌がったのはこれを気にしてのことだったのだろう。
「替えがあるだろう」
「でも…」
「また繕ってやるさ」
小さくなって後悔に埋もれるロロに、ルルーシュは知らず微笑んでいた。何気なく出た言葉と一緒に跳ねた毛をいじると、彼が顔を上げる。
「また…?」
ぱきりと心臓が凍りつくような気がした。
訝しげにこちらを見上げるロロの目は、欠片の熱も宿していない。ルルーシュは彼の様子に自分の言動を顧みるが、何もおかしなところは見つからなかった。死んでしまう人間のスーツなどこれ以上用意する必要はないが、それをロロが知ることはない。『兄弟の未来』はこの先も続いていくのだから、間違ったことは言っていない。
不安がる彼をゆったりと絡め取るように、ルルーシュは笑った。
「ああ、何度だって。本当はお前を戦場になど出したくないんだが、V.V.がこちらに手を出してきた以上暢気に構えているわけにもいかなくなったからな。逃げているだけでは何も得られない。ロロ、お前には期待しているよ。俺達の未来のために」
そっとロロの唇をなぞると、乾いた息が漏れる。
「うん、分かってる。分かってるよ、兄さん」
まるで誓いのようなそれにルルーシュは満足して、身体を離す。立ち上がり仮面を手に取ると、被る前にロロを振り返った。
「風邪を引くといけないから、早くシャワーを浴びて着替えておけよ。俺はその間に食事を用意させるから」
仮面をつける。しゅんと扉が開いて、閉まる直前、思い出したようにロロのありがとうと言う声が聞こえた。





ルルーシュの気配が遠ざかるのを確認すると、ロロは大きく息を吐いてソファに沈み込んだ。
肘掛けに首を乗せて、だらりと天井を見上げる。汗や精液で気持ちが悪かったが、さっさと服を着替える気にもなれなかった。
「俺達の、未来…」
何度も彼が口にする言葉を舌の上で転がしてみる。未来って何だろうと思った。嚮団にいた頃は、とにかく生きて明日を迎えさえすれば、それが未来に繋がるのだろうと思っていた。いつ死んでもおかしくない自分にとって、未来などという言葉はお伽噺の世界だった。
別に物語のような幸福な生活を夢見ていたわけではない。けれど自分が触れることのできない、そういう綺麗な世界があるということだけ知っていたかった。彼等が指す未来と、自分のただ生きて命があるだけの未来。意味は違っても言葉は同じだったから、使う度に溝を確認できて、諦めもついた。
(それなのに、どうしてこんなことに)
望んでいたわけでも、夢見ていたわけでもない。そう思っていたのに、間違えて手に入れてしまった彼等の普通の日常を、自分は手放すことができなかった。
生まれて初めて人に愛されるということを知り、自分も同じように愛したいと思った。彼から貰った愛情をそのまま彼に返してあげたい。自分が感じた幸せを、彼にも感じてもらいたい。偽りの学園の中、周りに誰も頼れる人間がいない状況で、それができるのは自分だけなのだ。
自分はただ、彼といられればよかった。他には何もいらなかった。たとえ彼が自分のことを憎んでいたとしても、自分さえ彼を愛していれば彼は幸せなのだと本気で思っていた。
ロロはサイドテーブルに目をやった。隅に置かれた携帯から垂れるロケットがふらふらと揺れている。
最初から分かっていた。ルルーシュが愛しているのはナナリーだけだ。自分は彼女に与えられるはずだった愛情を代わりに受け取っていただけに過ぎない。知っている。
だからこそ彼女が憎くて、怖かった。
(取り戻してあげたいの、ルルの幸せを。ナナちゃんも…)
ナナリーがルルーシュの幸せ。だとしたら自分は一体何だったのだろうか。
彼との一年間で自分が感じた幸せは。初めて人を愛したいと思ったこの気持ちは。愛されたいと感じた切なさは。
たかが偽物のそんな些細な感情など、ナナリーの前では全て無意味だというのだろうか。
重い腕を伸ばして、ロロはハートのロケットを突付く。すっかり手に馴染んだこのロケットさえ、彼が何ヶ月も前に彼女のために用意していたものなのだ。ロロが貰ったのではない。ロロの中のナナリーが貰ったのだ。
「馬鹿みたい」
声に出すと涙が零れそうになった。
それでもこのロケットだけは渡せない。初めてだったのだ。生まれてきてくれてありがとう、なんて言われたのは。
動きを止めた指にロケットが当たって返り、やがて静かに止まった。ロロは笑みを作って床に腕を落とす。去り際のルルーシュの言葉を思い出す。
(俺達の未来。そんなの、考えてもないくせに)
彼は自分が何も知らないと思っているのだろうか。上手く隠したつもりでも、暗殺者の自分が人の殺意に気づかないはずがないのに。
ロロはゆっくりと瞬きをする。初めて生を祝ってくれた人に、今度は死を望まれている。どんな皮肉だろう。こんなことなら記憶が戻ったときに殺しておくのだった。きっと何万回やり直したとしてもできるはずがないと、分かっていても思ってしまう。苦しくて胸が張り裂けそうだ。いっそ早く殺してくれればいいのに。
シャーリーを殺したあのとき、どうしてルルーシュは自分にギアスを使わなかったのだろう。どうして心のままに罵倒しなかった。どうして未だに優しいふりを続ける。
時折彼の殺意が消え失せる瞬間があることも戸惑う原因だった。またスーツを繕ってやると言った彼は、確かに演技ではなく笑っていた。自分に勉強を教えてくれると言ってくれた彼だった。そう思う。けれど彼が殺したいほど自分を憎んでいるのも、紛れもない事実なのだ。
分からない。一体どうしたいのだろうか。考えても考えても、深みに嵌まるばかりで答えは出ない。
ロロは縋るようにロケットを手に取る。胸に引き寄せて触っていると、ナナリーの顔が浮かんできて思考がループを始める。目を閉じて頭を振った。溜息を押し殺す。心臓が千切られるように痛い。もう嫌だった。
もう、考えるのは疲れた。
(兄さんのために、兄さんのためだけに。それでいい。…それだけで、いい)
彼の障害になるものは全て排除する。よくやったと褒めてくれた、その言葉を信じる。言葉は契約だ。幼い頃、文字も満足に読めなかった自分にとって、言葉以上に確かなものはなかった。
(兄さんが言ったんだ。僕達はたった一人の兄弟だって)
殺気を内に秘め、それでも彼は自分を弟と呼ぶ。
それならそれが自分達にとっての本当になるのだ。彼から与えられる言葉以外に、もうロロには何もない。
ルルーシュしかいない世界で、ルルーシュ以外の何を信じろというのだろうか。
だから彼が嚮団を壊すというのならそれが正しいことで、自分達の未来に必要なことで、自分は彼に着いて行きさえすればそれでいいのだ。何も考えることはない。全ては兄のために。そうすれば彼は自分を導いてくれる。それが自分達の契約だ。
「信じてるから。兄さん」
ロケットを包み込んで、胸の上で握り締める。
信じてさえいれば、これが本当なのだと思っていれば、きっといつか。

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