沈黙が苦手なシャーリーにとって、ロロと二人きりになるのは居心地の悪いものだった。
ロロは大人しい。無口で静かで、悪く言えば暗い少年だった。リヴァルがそんなだから友達がいないんだ、と肩を竦めるのをシャーリーも咎めはするものの、内心では彼と似た考えを持っていた。兄が華やかなせいで余計に地味に見えるのだろうか。
シャーリーはちょきちょきと折り紙に鋏を入れながら、斜め向かいに座るロロを窺った。
黙々と作業を続ける彼は一見真剣な表情だが、シャーリーにはただの無表情にしか感じられなかった。
ロロはいつもそうなのだ。笑うのも怒るのも悲しむのも、全て兄であるルルーシュの前でだけで、時折何かの拍子に彼がいなくなると途端に冷たい顔になる。今だってまるでシャーリーなどいないかのように振舞っているのだ。
(ルル、早く戻ってきてくれないかなあ)
ミレイでもリヴァルでもいい。彼等なら底抜けの明るさでこの重苦しい空気を壊してくれるだろう。
ちょきん、と赤い折り紙を切り終えると、シャーリーはそれをロロの前へ差し出した。シャーリーは切る係り、ロロは出来上がった細い色紙を輪にする係りだった。
「はい」
笑顔を浮かべて、俯いたロロの顔を覗き込むようにする。
人形のような瞳がぼうっと自分の姿を捉えるのに、シャーリーはびくりと心臓を跳ねさせた。ロロには悪いが、どうしてもその菫色だけは好きになれない。まるでガラス玉だ。幼い頃シャーリーが怖がって泣いたビスクドールに、彼はとてもよく似ている。
可愛い顔に、すっと伸びた手足。ふわふわとした薄い髪。それなのに瞳だけが異様な光を放っていた。人形がこちらを見ているはずがないのに、何もかも見透かされているような不安感が肌を刺す。
「どうも」
小さな声が聞こえた。
はっとして意識を戻すと、ロロの白い指が色紙へ伸ばされているところだった。シャーリーは引きつった笑みで、どうしたしましてと返す。そして何の気なしに彼の手を眺めた。
羨ましいほど真っ白な肌が、袖が上がったせいで手首まで露わになっている。
「ロロ、怪我してるの?」
「えっ」
親指の付け根の下辺り、手首の薄いところに張られた絆創膏を指し示す。
大袈裟に彼の肩が跳ねた。バッと左手で隠すように覆い、怯えた視線を寄越す。予想外の反応に、声をかけたシャーリーの方が驚いてしまった。
「ご、ごめん。何か訳ありだった?」
「そんなことないです!あ、あの、昨日ちょっと食器を落としちゃって…」
否定するのは早かったが、後の言い訳はしどろもどろだった。この話題には触れない方がいいのかもしれない。
「そうなんだ」
「ええ」
ロロは胸の前で絆創膏を押さえたまま、じっと俯いてしまう。眉を寄せる姿は今にも泣き出してしまいそうに見えた。
シャーリーはおろおろと視線を彷徨わせる。これではまるで自分が苛めているようではないか。とにかく彼の気持ちを別なところへ向けてやらなければ。
「ル、ルル達遅いね!もしかしてどこかでサボってるのかなあ」
殊更に明るく笑うと、ロロが小さな子どものような仕草でシャーリーを見た。
「私達に押しつけて困っちゃうよね」
努めてにこにこするシャーリーに、ロロは口を開きかけたが、結局何も言わなかった。迷うように唇を手首へ寄せる。
シャーリーは訝しく思って眉を寄せた。怪我をしたにしては、彼の仕草があまりに優しすぎるのだ。彼が誕生日にルルーシュから貰ったというロケット。あれに触れている姿を髣髴とさせる。
「シャーリーさんって」
「は、はい!」
ゆっくりと膝に手を下ろしながら、ロロが喋りかける。
シャーリーは素っ頓狂な声を上げてしまった。まさか彼の方から話しかけてくるとは思わなかったのだ。それにまじまじ彼を見つめていたところで目が合ってしまったから、ばつが悪い。しかしロロはそんなことは全く意に介さないようだった。それどころか様子がおかしいのは彼の方で、普段なら絶対にしない発言をさらりと放つ。
「シャーリーさんは、兄さんのことが好きなんですよね」
へ、と喉から声が漏れる。
シャーリーは目を見開いてロロを凝視した。彼はきょとんとした顔で小首を傾げている。至って普通の態度だった。
恥ずかしがっているのが自分だけだと気づき、シャーリーは益々顔を赤くした。だって仕方がないだろう。好きだとか嫌いだとか愛だとか、そういった類の言葉が彼の口から出ると、何故かひどく生々しく感じるのだ。
ぷしゅうと音が出そうなほど熱くなった頬を押さえ、シャーリーは蚊の鳴くような声でうんと言った。
ロロは不思議そうにその一部始終を眺めていたが、回答を得ると薄っすら微笑んだ。
「僕も兄さんが好きです」
「ふえ?」
本日二回目の間の抜けた返答に、やはりロロは無反応だった。
今のは聞き違いだったろうかと頭の中を引っくり返す。しかし、僕も好きです、確かにロロはそう言った。
ここにいるのがミレイならきっといい返しをしたのだろうが、生憎シャーリーはそうはいかない。ロロとルルーシュには、常日頃から度を越したスキンシップを見せつけられているのだ。冗談に思えないし、そもそもロロが冗談を言うとも思えなかった。
ひょっとして牽制されているのだろうか。シャーリーは彼の真意を探ろうとしたが、分かるはずもなかった。
仕方なく、たっぷりの沈黙の後ぎこちない笑みを浮かべる。
「ロロとルルは本当に仲がいいからね」
すると彼は何故か悲しげに瞳を伏せた。
「兄弟、ですからね」
絆創膏を撫でる爪は綺麗に整えられている。どうせあれもルルーシュがやったのだろう。甲斐甲斐しく弟の世話を焼く姿が目に浮かぶ。
少し嫉妬するが、それより苦笑したい気持ちの方が大きかった。
「兄弟だからって言うか、ルルのあれはそういうの関係ないんじゃない?」
「え?」
「ほら、兄弟でも仲の悪い人達って沢山いるし。いくらルルが兄弟思いのお兄ちゃんでも、ロロのこと嫌いだったら優しくなんてしないでしょ。好きだからあんなに一生懸命なんだよ」
ロロは薄く唇を開き、呆けたように固まっていた。シャーリーが呼びかけるとハッとして慌てる。
「そ、そんな、兄さんが僕のこと好き…。そんな…」
好きだなんて、と反芻する。
次の瞬間、じわじわとロロの頬が染まった。切なげに眉を寄せて、指の腹で絆創膏を撫でる。そんな、と好き、を何度も何度も口の中で繰り返し、それから花が綻ぶように笑った。
「そうかな…」
ぽかんと緩んだ口はしばらく元に戻らなかった。初めて見るロロの表情に、シャーリーは我も忘れて見入ってしまう。元々中性的な顔立ちということもあり、微笑んだ彼はとてつもなく可愛らしかった。ほわほわと漂う空気まで甘くなったような気がする。
「ありがとうございます」
ロロが恥ずかしそうに首を竦める。
「シャーリーさんっていい人ですね」
穏やかに見つめられ、とくんと胸が鳴る。細められた菫色はゆらゆらと蜜のように瞬いていた。
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