* * * *

 おれのなかを、ジェイドがぬるぬると出入りしている。もう摩擦感もない。刺激もない。全く痛くはないが、快楽もあまりない。

「なあ……、まだイかねえの?」
「ん……」

 おれの胸に顔を伏せいていたジェイドが顔を上げる。ほわんとした間抜け面は、気持ち良さそうには違いないが、それよりも眠りに落ちる寸前に似ていた。

「んー、なんか、もう、出ない……」

 言いながら、まだゆっくりと体は動いている。まあ、いい加減に弾切れなんだろうと思いながら、おれもぼーっとジェイドの顔を見上げる。追い上げるような興奮はとっくになくなっていたが、なんとなく気持ちいいことは気持ちよかった。

 たまに妙にサカることがある。したい気持ちが互いに重なり合うと止まらなくなる。互いに体力はだけは有り余ってるし、年下のジェイドはまだやりたい盛りだ。歯止めのないまま抱き合って、そのうちどっちがどれだけイったか数えるのも面倒になった。時間が経つにつれ、体力よりも集中力が磨り減り始めてとろとろと眠気が襲ってくる。

 多分あまり清潔ではないだろう色んなものの混じったぬめる感覚と、蹂躙されすぎてゆるんだ粘膜のせいで、逆につるつると滑ってやりやすい。だけどもう、おれもジェイドもこの交わりに終わりが見えなくなってきていた。もう、あの速くはやくと急き立てるような射精欲とは程遠く、ただトロ火で煮られているようなじんわりした心地よさがあるだけだった。

「まあ、もうやめるか。間接痛ぇ」
「ん……、」

 ジェイドはあっさりと身を引いた。まだ硬さを保ったままのジェイドのアレがつるんと出て行く。長い時間不自然な格好を強いられていたおれは、布団の上でぐっと体を伸ばすとそのまま横臥した。身じろぎすると尻から腿をどろりと伝って布団につめたい感触が移った。

 男同士だといろいろ後始末が面倒だ。そう思いながら、途中でやめてしまった分、やっぱりどこか食い足りないような気がしてそのまま布団でだらだらしてしまう。そのうち、同じように体を伏せたままのジェイドがおれの胸元に手を伸ばしてきた。なにも言わずにいると、そのまま鎖骨や大胸筋、上腕を指先でするすると撫でてくる。

「くすぐってえ」
「うん……」

 こいつさっきからうんしか言わねえなあと思いながら、したいままにさせた。ジェイドは眠たそうな顔でおれの肌に触れ続ける。多分、あまり意味があってやってるわけじゃないんだろう。ただ、分かりやすい終わりのなかった交わりが、まだなんとなく続いている。そんな感じだった。

 つられるようにおれもジェイドの仰臥した背中に手を伸ばした。うっすらと汗ばんだ肌が鍛えられた外見には似つかわしくないほど滑らかで、その手触りが、ああ、こいつ本当に年下なんだなと思わせた。

 そのままぼんやりと快楽の名残りを追う。普段こんなことはしない。されたいとも思わない。おれはあの、事が終わったあとのうそ寒さが嫌いだ。まあ、でも、こういう日もあるのだろう。なんとなく、獣同士の毛づくろいを思い出させて悪い気分でもなかった。

「……スカー」

 名を呼ばれて、ジェイドのほうを見る。ジェイドは眠たげな眼をおれに向けてうすく笑った。用はないけど呼んでみた、そんな感じだ。おれの上半身を触れていたやつの手が、そのままするりとおれの頬を撫でた。

「……」
「スカー……」

 ジェイドは半眼を伏せたまま、おれの前髪をかき上げた。額に張り付いた毛束をそっとはがし、かき分け、撫で付ける。

「おい……」

 なんとなくこそばゆくて、おれは身じろぎした。ジェイドの指は、そのまま髪をかき分け、あやすようにして何度もなんどもおれの額を掠めていく。いつもこっちがしているようなことを逆にされている。ただそれだけだ。だが、なんだろう。異様に気恥ずかしい。

 ジェイドはそんなおれを見て、にこりと子どもっぽい、妙に屈託のない笑顔を浮かべた。もぞもぞと顔を寄せて、おれの顎先に唇を触れる。

「……スカー、おやすみ」
「う……」

 おれは一瞬硬直したあと、思わずジェイドの背中に触れていた手を放した。顔から火が出そうだった。……やっぱ、無理だ。

「……寝る!」

 おれは反射的に寝返りをうってジェイドに背中を向けた。布団にできた染みの上になってつめたくて気持ちが悪い。だけども、意地でも振り返りたくなかった。……なんで、こんな意固地になるのか自分でも分からない。でも、ダメだ。無理だ。先刻までは平気だったことまで死ぬほど気恥ずかしくなってきた。ヤったあとにベタベタと触れ合って、キスする。まるで――。

(……ダメだ。無理だ。無理無理)

 むず痒い。のた打ち回りたいほど恥ずかしい。内心悶絶するおれの背中に、ジェイドののんびりした声がかかった。

「スカー。布団、気持ち悪いだろ? 体流さないのか」
「うるせえ」
「なんだよ。急に。なんか怒ってるのか」
「うるせえっつってるだろが! 話しかけんな」

 完全に八つ当たりだ。内心、大人気ないとは思う。だが、おれの顔は火を噴きそうだった。そんなおれの肩を、空気を読んではくれないジェイドが無理やり引っつかんだ。

「……スカー。おれは、はっきり言ってくれないと理解できない」
「言葉にされなきゃ理解できないんだったらその程度だってことだろ」
「それは違う。言葉にしても、分かり合えないことだってあるだろう。まして言わずして通じるなんておれは傲慢だと思う」

 やけに確信を込めてきっぱりと言い切られる。まあ、一理あるのかもしれないが、おれの考え方とは違う……つうか、もう、いまだけは本当に勘弁してほしい。

 それに、どう説明すればいいんだろう。セックスするのは平気だが、事後のじゃれあいは恥ずかしいから嫌だ、恋人でもあるまいし、とでも言えばいいのか? ……しまった。また思い出した。やっぱり無理だ、無理無理無理。

 その後、泣きが入りそうなおれと“相互理解”を求めるジェイドとの間で本当の喧嘩になってしまった。結局、眠気も変に甘い雰囲気も、キレイに霧散していった。おれたちは正真正銘のバカなのかもしれない。そして、根本的なところで分かり合えないのかもしれない。

 ふてくされて布団に包まったまま、おれに背を向けるジェイドの白っぽい頭を見る。やつには悪いが、おれはやっと安心した気分でいた。――おれはいま以上を望まない。他人が自分にとっての特別ななにかになるのが怖い。それとももう手遅れなのかもしれないが。

 風呂場に立とうとして、おれはそっと隣の布団ににじり寄った。布団からはみ出る綿毛のような金髪に手を触れる。傷つけたとは思っていない。だが、出所の分からない罪悪感に胸が悪いのも事実だった。

「……おやすみ、ジェイド」

 狸寝入りを決め込む頭をそっと一撫でする。返事はない。だが、きっと聞こえている。おれはやっと凪いだ気持ちになって、物音を立てないようにそっと八畳間から抜け出した。

『愛撫』update 20101111
初出 20080615