あなたは病気なのだから、この部屋で寝ていなければならないの
そう告げられて病室に入ったのは4歳の誕生日を迎えた後。
それ以来この部屋を一歩も出ることなく、5年の歳月が流れた。
白く、清潔だが、どこかこの無機質なこの部屋の中。
BIRD GAGE
少女は今日もベッドの中で本を読んでいた。
今日は動物の図鑑。
様々な色の鳥の頁まで眺めて、ふとベッドから見える四角い窓の外に目を向けた。
静かな青が見えた。
音もなく、ゆっくりと雲が流れる。
ここから見る空はいつも窓一つ分の大きさでしかないが、 実際はきっととてつもなく広いのだろう。
少女は外に、空に、憧れた。
それからふと、鳥を見たことが無いことに気付く。
昔に一度、外を飛んでいた青い鳥を見たが、
それは隣の病室の子のペットだったようで、
一度空を飛んだきり。
その後はまたかごの中へ。
その時に初めて窓から身を乗り出して、
同じようにして窓から身を乗り出した隣の病室の子に 会ったが(確か同じくらいの年の男の子だった)
彼ともそれきりだ。
鳥が見たい、自由に飛ぶ鳥が。
せめて私が外に出られない分、自分の動への意欲を代弁する者に。
―――あなたは病気なんだから、
(わかってるよ、ここから出ては生きられないんだよね)
幼くたって、生きることと死ぬことについてはちゃんと理解していた。
(私ってなんのビョウキなんだろう)
これも昔に一度、
「病気でもないのにこんな所に閉じ込めて」
「僕たちは病気なんかじゃない」
などという声が聞こえたことがあった。
その時は自分のことだとは思わなかったが、
今になって思うと、自分の事ではないかと時々思い返す。
バサ・・・
突然、風を切る音。
当然窓の外から聞こえたもので、少女は反射的に外を見る。
(鳥だ!!)
窓の外の木で羽を休める鳥を見つけた。
あの日と同じ、青い鳥。
早く、早く、行ってしまわぬうちに、 少女は焦る手つきでどうにか窓を開け、その鳥を凝視する。
人に慣れた鳥のようで、少女の行動によってその場を飛び立つことはなかったが、
しばらくそこに留まると、またすぐに大空へ帰って行った。
(待って・・・!)
ほとんど衝動だったのかもしれない。
けれど、ずっと昔から考えていた事。
力のない細い腕に集中して、窓から、木へ。
小さなカゴから、広い、外へ!
しかし、5年間病室から出たことのない、 まして一日の大半をベッドで過ごす彼女に
木登りなんてできる体力も腕力無い。
すぐに枝から手が離れ、体が離れ、 重力の摂理の中へと放り出された。
とすん、と体が地面に落ちる。
3階から落ちても案外痛くないものだ、と少女は思った。
なにしろ、「外」というものがまるでわかっていないから
怪我もしていないことに疑問すら持たないし、
おかしいのだとも気付かない。
そのまま、走った。
誰かに見つかってはすぐに追いつかれて連れ戻されてしまうことも わかっていたから、
その頼りない足取りで、
とても走っているなどとは言えない進行で、
身体は言うことを聞かないけれど、
夢の中のようなまどろんだ感覚だけど、
それでも生まれてはじめて、
一生懸命走った。
もっと早く、もっと遠くへ、
誰にも捕まらないうちに、
広い、広い世界へ
ずっと望んでいたこと。
夢みたいだ、と思う。
しばらく走って、そのスピードが増し、 身体も軽くなっていることに気付いた。
一歩地面を蹴るごとに、2,3度両足で空中を掻いている。
そのことを意識してから、自分の足に注意を向けて、もう一度。
(やっぱり!)
少女の足は、地面ではなく、何もない空間を駆けていた。
つまり、
(飛んでる!)
自分が飛んでいると意識すると、 その浮遊能力は爆発的に開花した。
一度地面を蹴って、低い位置ではあるが、
すう、と弧を描くように、滑らかで軽やかに風を切って行く。
少女は戸惑うことなく、コツをつかんで飛ぶようになる。
より高く、
より、遠くへ
人気のない路地を抜けて、
さらに遠くへ行こうとすると なにかにぶつかった。
(?)
明らかにその先は森と空であるのに。
掌でゆっくりとその何か、を確認する。
見えない壁が少女をこの先に行かすまいとしていた。
向うに確実に景色はあるのに、確実に存在する、壁。
手元のそれを視線でなぞって空を見上げる。
あの四角いものは、何?
どうして空に窓があるの?
ゆったりと流れる雲は、確かに無限に広い空を証明しているのに、
壁に作られた窓のようなものが、その空には浮くようにしてあった。
少女は飛び上がって、高い位置にあったその窓に近付く。
確かに窓だ。
その窓の少し上には天井らしき行き止まりもあった。
もちろんその天井も目で捉えることはできないのだが。
少女は、その窓の鍵を外し、その小さな窓から外をうかがう。
(・・・・・・!!)
少女は息を呑んだ。 外に広がるのは、
「こんな所にいたのか!!」
男の声が響く。
我に返って下を見ると、
病院からきたであろう作業服の中年のおじさんが 少女を指していた。
彼は、知っている。
あの病院の掃除をしているおじさんだ。
動揺した少女は浮力を失い、地面に着地する。
「こんな遠くまで来ていたとはな。皆、血眼になって探しているよ」
彼は少女を捕まえ、近くの鉄線の檻の中に入れて 鍵をかけ、
暗証番号を押してから何かのレバーを下ろした。
鉄線に電流が走るのがわかる。
「逃げようなんて思わんでくれよ。 キミ達センスティブは何をするかわからんからね。
逃げ出されたときの為に各地にこんな檻が作られているのさ」
触れれば大やけどじゃ済まないから気をつけなさい、と付け加える。
(センスティブ・・・?)
それれが少女の病名なのだろうか?
でも、何をするかわからないって??
この檻は、何?
「おや、知らないのかい、 センスティブはね、特別な能力者のことだよ。
未知の能力をいくつも秘めていて 人々はそれを恐れている。
あの病院だって、本当は病院なんかじゃない。
センスティブを収容しているだけなんだよ」
それじゃあ、お父さんもお母さんも 病気だなんて私をだまして閉じ込めていたの!
少女は能力のことよりも そちらに衝撃を受けた。
それにしてもしゃべりすぎる、と少女は我に返った。
そこに働く以上、私にそんな情報を漏らして良いのだろうか。
その人の優しい目からも、自分を閉じ込めるような悪意は 感じられない。
それよりも、今は逃げることが先決。
少女は後一歩で出られなかった窓を見る。
「ああ、あの窓も見たのかい。 ここは擬似世界だよ。
外の世界はすっかり退廃して人が住めなくなった。
だから、人々はこうして昔そっくりの環境を このドームの中に作って暮らしているんだ」
じっと彼の話を聞いていると、 せめて情報を、 なんて、そんな気持ちが伝わってきた。
きっとこの人は敵ではないのだと思う。
「ここはキミの求めた本当の外なんかじゃない。
皆、カゴの中で暮らしているんだ。
けれどね、本当の外になんて出たら、長く生きられないんだよ」
それでも、外を願うのかい?
「さぁ、無駄話をしてしまったね。 収容所に連絡してこよう」
君が逃げるのを邪魔するものはいなくなる
仕事上、自ら逃がすわけにはいかないけれど
「いいかい、私はちょっとだけここを離れ、
ここには誰もいなくなる。
キミひとりだ」
もし本当に望むなら、最後のチャンスを
「決して逃げずに、大人しくしているんだよ」
さぁ、頑張るんだよ
そう言い残すと、連絡の為に近くの施設まで連絡をしに姿を消した。
ありがとう、と心の中で呟く。
しかし、この電気の通った鉄線、どう潜り抜けたら良いのだろう?
未知の能力が眠っているといったて、 その使い方なんてわからない。
少女がどこか、自分が通り抜けられそうな穴がないか探していると
バサ・・・
または音が聞こえ、顔を上げるとあの青い鳥がいた。
今度は自分と同じくらいの年の少年も一緒だった。
「僕たちは病気なんかじゃないのにね」
少年は微笑みかけた。
青い瞳がふわり、と優しく細められる。
金色の髪が風に揺れる。
「みんな、僕たちを怖がることなんてないのにね」
今度は悲しそうに笑って、こちらに向かって手をかざす。
そして、「ちょっと端に寄ってくれる?」と言い、
次の瞬間には、青い光が爆発して、 鉄線の一部を見事に破壊していた。
「大丈夫?」
少年が聞くと、少女は慌てて頷いて、 彼が開けてくれた穴から、檻の外へ出た。
少女は礼を言って、 本当の外へ旅立とうとする。
「ねぇ」
と飛びかけた少女に少年が声をかける。
「またいつか、きっと会おうね」
少女はしっかりと、まるで未来に確信を持ったかのように頷く。
「約束だよ」
一瞬だけ少年と小指を絡ませ、少女はあの小さな窓から消えて行った。
例え、荒廃した世界で 長く生きることが不可能だとしても
長く窮屈な生よりも
つかの間でも、
そこには本当の自由があって
そこで生きたいと少女は願った
だから、今こそ、カゴの外へ
あとがき
久々に完結した夢を見たので。
回想シーンのみ付け足しました。あとはこんな退廃的な夢です。
たぶんおじさんの感情を読み取ったのも能力のひとつだったのかと。
「またいつか、きっと会おうね」のセリフが印象に残っていて、起きてすぐに内容をメモっていました。
わりと自由奔放に生きている人間の見る夢じゃないんですが。
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