こんにちは!
私はあかずきん!
大好きなおばぁちゃん(幸枝、72歳)に作ってもらったこの赤いずきんをかぶっているから、
皆に「あかずきんちゃん」て呼ばれているの!
でもね、時々皆、「あほずきんちゃん」、なんて間違えて呼ぶのよ。
うふふ、皆ったら、おっちょこちょいなんだから!
アホズキンチャン〜前編〜
ある朝、あかずきんが庭で花壇に水を撒いていると母親が呼びました。
「あほずき・・・あかずきん、あかずきん〜!」
「あ、はぁい、美智子さん」
「母親を名前で呼ぶなよ!ああ、あかずきん。こんなところにいたのね」
「花にお水をやってたのよ」
あかずきんは地面に向かって傾けていたビンを抱えなおします。
「あのね、おばぁちゃんがご病気でねてらっしゃるらしいのよ」
「まぁ、幸恵が!」
「自分の祖母を呼び捨てにするなよ!」
「ごめんなさい、あまりに驚いたので敬称略で」
「・・・。あのね、このクッキーとフランス製のぶどう酒を持っていってもらいたいの」
お母さんはさすがに手馴れた様子で流し、赤ずきんに要件を伝えました。
あかずきんが生まれたときから一緒にいるのですから、それなりに慣れています。
しかし、お母さんが確認しようとバスケットの中を覗くとフランス製の60年物のぶどう酒が見つかりません。
お父さんの母親ですから、一応気を使って御年賀に高級ワインを買ってみたのですが
それがないとなると焦ります。
「おかしいわ、ぶどう酒がない・・・」
「これのことですかぁ、お母さん」
見るとあかずきんの手にはそのぶどう酒が・・・
「て、あんた!このぶどう酒を花壇に撒いてたのか!?」
お母さんげっそり。
所詮はお父さんのお給料で買ったのですが、それでも家計をやりくりする身としては悔しい限り。
仕方なくその空のビンにお酢を入れてあかずきんに持たせました。
嫁姑問題に苦しんでいたお母さんは、まぁ良いかと開き直りました。
「それじゃぁあかずきん、これを持っておばあちゃんのおうちへ行ってきてちょうだいな」
「はい、わかりました〜」
「ああ、そうそう、でも、森には悪い狼がいるのよ。だからどんなに声をかけられても答えちゃダメ。
急いでます、と言って無視するのよ。それから寄り道もいけませんよ」
「はぁい、わかりましたぁ〜」
なんとも気の抜けた返事でしょう。
お母さんは少し心配になりましたが、まぁいいか、と思い、あかずきんを見送りました。
しばらく歩いて森に入りました。
この森の奥に大好きなおばぁちゃんの家があります。
「ルンル、ル、ル、ルン♪おまえんちの犬お手をしな〜い〜♪」
どんな歌だ。
「あ〜、おばあちゃん、大丈夫かしら・・・そういえば病名聞くの忘れちゃったわ。
なんだろう?アトピー性皮膚炎かなァ?」
あかずきんはそんなことを考えながらどんどんと進みます。
森の中腹くらいまで来たとき、ふいに声をかけられました。
「カワイイ赤ずきんのお嬢さん、どちらまで?」
「もしかして、森の悪いお・・・緒形?!」
「狼だよ!緒形って誰だ!」
大変、この森の悪い狼です。
森の悪い緒形って一体。良い緒形もいるのか。
あかずきんは一瞬にして警戒します。お母さんの言いつけを思い出しました。
「お嬢さん、どちらへ行くんですか?良かったら少しお話しませんか」
狼は無視して歩くあかずきんの後についてしつこく声をかけます。
「ほらちょうどそこに、すわり心地の良さそうな切り株もあることだし、ね?」
狼の言うことに、あかずきんは「今急いでます今急いでます今急いでます今急いでます」と耳をふさぎながら繰り返しました。
相手の言葉を挟ませないほど、ぎっしりと、間を空けずに繰り返します。
しまいには、外の音を聞かないもっとも有効な手段として、耳をふさぐ手を猛スピードで動かしました。
音を遮断するのではなく、手と耳のぶつかり合う音やそれに伴う空気の流れの音を利用し、音を散らすことにしたのです。
「あ、もしかして警戒してますね?大丈夫、私は森の良い狼ですよ」
その一言にあかずきんの動きは止まりました。
「本当に悪い狼じゃないの?」
「ええ、本当ですとも、森の優しく、気さくで、親切な、良い狼ですよ」
にっこりと狼は笑いました。
それをぽかんとあかずきんは眺めます。
「・・・本当の良い狼なら証拠をみせてくれる?」
「いいですとも。けれど、何をすればよいでしょうか」
「あのね、お母さんが言ってたんだけど、良い狼の血は青いんだって。だからどこをなりとも切って見せてくれる?」
あかずきんはそう言うと、ジャックナイフを取り出しました。
「物騒だなお母さん!!つーかオマエいくつだよ!そんな話を信じるな、バカにされてるぞ!?」
「え〜、でも・・・??」
「やめろ、懐から何て物出してんだよ!こっちに向けんな!」
すっかり素に戻ってしまった狼は大騒ぎです。なんだかにぎやかで楽しそうですね!
「いいか、この世界の生物の血は大抵赤いんだよ!」
ほら、歌にもあるだろう?真っ赤に流れる僕の血潮って!
「ああ〜、そっか〜」
うふふ、とあかずきんは笑いました。
ようやく刃物を引っ込めてくれて、狼は落ち着くことが出来ました。
しかし、少女の懐にそんなものが入っているかと思うと、恐ろしくて仕方ありません。
「そんなことを教えてくれるなんて、本当に良い狼さんだったのね」
やっと認めてもらうことができました。
狼もなんだか自分が本当は良い狼なのではないだろうか、と疑ってしまいます。
「あのね、これから病気のおばあちゃんのお見舞いに行くの」
「そう、それは大変だね。ああ、そうだ、この先にお花畑があるよ、
そこでお花を摘んでいったら おばぁちゃん、とっても喜ぶと思うけどな!」
「まぁ、本当?・・・でも、お母さんに寄り道はいけないって言われてるの」
「大丈夫、少しくらいならばれないさ。それに秘密にしておけば大丈夫。おばぁちゃんの喜ぶ顔が見たいでしょう?」
「う〜ん、そうね!ありがとう、森の良い狼さん!お礼にぶどう酒、少し分けてあげるね!」
「ありがとう」
ぶどう酒を少し飲ませてもらい、そのままステキな笑顔で勢い良く噴出しました。
「あの、これ、ツンとするんですけど」
咳き込みながら狼は言います。
「あ〜、そういえばお母さんがお酒の代わりにお酢を入れてたわ〜」
「何でお酢を変わりにしちゃったのお母さんッ?!」
「体、柔らかくなった〜?」
お酢は身体を柔らかくする成分が入っているそうです。
「いや・・・ならないけど・・・」
「そう?ま〜、いいか。それじゃぁね、狼さ〜ん」
未だむせる狼を無視してあかずきんは行ってしまいました。
この少女に関わらない方が良いのではないか、
と狼は薄々思いながらその後姿がお花畑の方向に消えていくのを見届けていました。
その予感が的中することなど、この時点では予想など・・しなくもありませんでした。
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