ゴルベーザ様は、俺のどこに欲情しているんだろう。
俺には胸もないし、やわらかな肌もない。街で明るく笑う彼女たちのような、鈴の音の声も持っていない。
骨ばってごつごつしている体は抱いていて楽しいものとは思えないし、何より、受け入れる器官が俺にはついていない。
毎回毎回慣らして、濡らして――――俺の体は、俺は、面倒くさく思われているのではないか。
「…………あ」
仰け反る。唇を震わせ、目蓋を閉じる。ぐずぐずに溶けた俺の中に、彼が入り込んでくる。
親指で俺のそこを割り広げながら、ゆっくり、そっと、じれったくなるほどの早さで。
「……辛いか……?」
背筋がぞくぞくするほど優しい声で、彼は言った。俺は黙って首を横に振る。
潤滑油で蕩けているそこが、きついはずがなかった。
シーツを握りしめていた手を、自らの膝裏へ持っていく。自分で足を抱え上げながら、息を吐いて力を抜いた。
髪を梳くように、頭を撫でられる。そのままゴルベーザ様がのしかかってきて、瞬間、全てがおさまっていた。
何故、俺を抱くんです。
揺す振られながら、ぼんやりと思った。
貴方なら、俺でなくてもいいのではないですか。
ゴルベーザ様は、とても整った顔立ちをしている。その気になれば、ついてくる女性は沢山いるだろうに。
「ひ、ああ……あっ、ゴルベーザ、さま……っ」
そう、ゴルベーザ様は、俺でなくても構わないのだ。
俺でなくても、構わない。
俺は誰かの身代わりで、いや、身代わりですらなくて、俺はただの部下の一人に過ぎなくて、彼の気紛れでここにいることができているだけで、つまり。
そんなことばかり考えていると、俺自身がゴルベーザ様に抱いている感情の正体も分からなくなってくる。
俺は、どうしてこの人の傍にいるんだろう。
何度も、夜、このベッドを抜け出そうとした。彼に抱かれた後、ゴルベーザ様の寝室を抜けて、セシル達のところへ行こうとした。
いつだって、扉に鍵はかけられてはいなかった。逃げようと思えば逃げられたはずなのに、俺は彼の傍を離れることができずにいた。
俺は、囚われているふりをしている。
俺は悪くない。俺は操られているだけなんだ。俺が裏切ったわけじゃない。セシルとローザが先に俺を裏切ったんだ。
三人でいたかった、一人と二人では駄目だった。彼らの“兄”でいようと努力したが、それでもやっぱり駄目だった。
抑えつけた心の下、本能が喚き続けていた。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
「――――ああ、そうだな。お前は悪くない」
情事の熱も冷めきらぬ中、俺を背後から抱きしめて、
「悪いのは、私だ。お前を捕え、操っている」
俺の心の声を読みながら、ゴルベーザ様はわざとらしく言った。
「だから、お前は悪くない」
長い指が、鎖骨を這って首筋を辿る。耳元で囁かれる甘い嘘に身を委ねた。
ちらり、視界に映る白い指先が、唇をつつく。目蓋を閉じた。
「……俺は、悪くない…………あああ、あぁ……っ!」
ゴルベーザ様の言葉を復唱する。
途端、片足を持ち上げられ、唐突に貫かれた。
“俺のどこに欲情するんです?”などとはとても訊けぬままで、掠れた喘ぎ声をあげる。
俺の声に重なって、ゴルベーザ様の息遣いが聞こえてくる。
荒い息遣い。興奮しているときのそれは、俺の耳をくすぐるように愛撫しては離れていく。
俺に欲情しているんですか。
「…………カイン。私は、お前の――――」
ゾクゾク、と全身に痺れが走る。
低い声は欲望にまみれていて、どうしようもないくらい、俺の心を刺激した。
「――――お前の全てに、欲情、している」
「…………っ!」
頭が真っ白になった。
この人がこんなことを言うなんて、嘘だ、まさか。
「あ、あぁ……っ」
唐突に引き抜かれる。
ベッドに腰かけてから、ゴルベーザ様は俺の体を抱き上げた。俺を膝の上に座らせ、小さく笑う。
「自分で入れてみろ。……嫌なら、そこの扉を開いて逃げても構わんぞ。お前の好きにしろ」
逃げられないことを知っていながら、彼は唇の端を持ち上げて笑う。
俺は逃げられない。どうやって逃げればよいのかも分からない。
彼の首に腕を回し、「貴方はずるい」と囁いた。
End