泣くことができる彼を、羨ましいと思った。
 ぽたぽたと垂れる液体が、俺の頬を濡らしていく。
 半分になってしまった俺の体に覆い被さりながら、エックスはただ、泣いていた。
 かたかた、と震えているエックスの手。いや、手だけではない。全身が微かに震えている。
 多分もう、限界なのだ。俺よりはましなのだろうが、エックスのボディは壊れかかっている。
 霞がかってくる目で、下半身を見た。見事に、何にもなくなっていた。
 吹っ飛んだのか粉々になったのか、“いかにも機械らしい”部品が露わになっている。
 思わず笑みが漏れた。俺は機械なのだ。どうしようもないくらいに、機械なのだ。
 見上げると、緑色の瞳が輝いていた。潤んだ瞳の奥底にあるのは軋むほどの悲しみで、『彼は本当にレプリロイドなのだろうか』という心の中で何度もした問いかけがまた、頭をもたげ始める。
 エックスは機械だ。そんなことは、分かっていた。でも、俺の中にある小さな何かが、何度も何度も、俺にないはずの“心”を擽るのだ。
「……エッ、クス…………」
 なんて綺麗な瞳なんだろう。綺麗な瞳の中に映る、汚らしい俺の姿。全て、俺のせいだったんだ。俺が、全ての元凶だった。
 俺がいなければ、こいつが泣くこともなかったのではないか。
「エックス……おれ、は……」
「ゼロ……ッ!もう、話さないでくれ……俺が、連れて帰るから。君を、連れて帰るから…………!」
 最後まで、馬鹿な奴だな。それが無理だってことぐらい、お前にも分かっているんだろう?
 お前、自分の体をよく見てみろ。配線が露出しかかった胸、今にも千切れてしまいそうな脚。俺を抱えて動くことなんてできるはずもない。
 ああ、泣けるお前が羨ましい。お前は、俺を見て泣いている。『死んで』しまいそうになっている俺を見て、感じて、ひたすら泣いている。
 お前の瞳に映ることができて、お前の心に触れることができて、俺は凄く嬉しいんだ。
 俺のために、お前が泣いている。俺だけを見て、泣いている。それが、悲しいのに凄く嬉しいんだよ。
 霞みゆく視界。この世界に未練なんてないけれど――俺の存在はこの世界にとって有害なのだから、
 消えてしまった方が良いだろうと思う――エックス、お前の姿が滲んでしまうのが惜しい。
 ころころとよく変わる、お前の表情が好きだったんだ。
 一度だけ体を合わせた時も、不安と甘さをない交ぜにしたような表情で、何もかもを赦す色をして微笑んでいたな。
「人間の真似事をしてみたい」と言った俺に、逆らおうとしなかった。
 入れる器官も入れられる器官もないのに、拙い愛撫を施すと「嬉しい」とお前は目を細めた。
 俺の頬を撫でる冷たい指先は、あの夜と何も変わらず冷たいままだ。
 冷たいのに、震えてしまうくらいに温かい。
「……何で、笑ってるんだよっ!このままじゃ、ゼロが……っ」
 言いながら、俺の体を持ち上げようとして失敗する。転がった拍子に手がセイバーに触れ、「やるよ」と言うと、エックスはぶんぶんと首を横に振った。
 その姿が、愛おしかった。湧き上がる感覚が全身に痺れを与え、視界が不明瞭になっていく。
 エックスに抱きしめられたのが分かった。
「笑ってくれ」。俺は無理難題を吹っかけた。「馬鹿!!」エックスの腕の力が強くなる。
 馬鹿はお前だ。お前に本気で抱きしめられたら、俺は粉々になってしまう。
 頭の中で、アラートが鳴った。エックスの声を掻き消す程に、大きな電子音だ。
「いやだ、逝くな!!ゼロ……ゼロ……ッ!!」
 緑、黒、緑、黒。もう、彼の姿が見えない。意味不明な映像たちが、俺の全てを占拠する。
 自らの目の端から、何かの液体が溢れ出ていくのを感じた。涙ではない。多分、オイルか何かだろう。
「……ゼロ……泣いてるの……?」
 真っ暗な世界に響く、彼の声が最後だった。


End


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