どたどたという情けない足音がする。
何事かと思いながらジョルジュが扉の方に視線をやると、大きな箱を抱えたアストリアが躓きながら部屋に飛び込んできた。
「ジョ、ジョ、ジョルジュ!」
「……騒々しいな」
アストリアが抱えている箱から、赤い箱と黄色い箱とピンクの箱が雪崩落ちた。
「わ、わわっ!わっ!!」
それを受け止めようとしたのだろう。アストリアは、ものの見事に地面にひっくり返った。
ジョルジュの目の前で箱が舞い、地面に色とりどりの『何か』が投げ出されていく。頭を打ったらしいアストリアは目を白黒させていて、ジョルジュは微かな溜め息をついてから倒れた男に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ……すまない」
アストリアの体の上にはこれまた色とりどりのリボンが散らばっている。そのあまりの似合わなさに、ジョルジュはアストリアの手を握りながら微かに笑った。
「むっ、な、何を笑って……!」
言いながら、リボンと箱にまみれている自分自身の姿に気づいたらしい。アストリアは尻尾を垂らした犬のように項垂れ、ジョルジュの肩に掴まった。
「座っていろ」
ソファに座るよう促してから、散らばった箱達をテーブルの上に並べていく。綺麗な紙に包まれている箱達は色鮮やかで、こうしてみると絵の具のパレットのようだとジョルジュは思った。
「……で? これは何なんだアストリア」
「何って……預かり物だ」
「預かり物?」
「預かり物だ。お前へのプレゼントだそうだ。今日はチョコレートを渡す日らしい」
「俺への? ……俺へのものだけなのか? 相当な量があるようだが」
「……俺へのものも入っている。断りきれなくて……」
アストリアは堅い男だ。大方、『ミディアがいるから遠慮しておく』とでも言ったのだろう。だが特別な意味は無いからとかもう作ってしまったからとか、逆に上手く言いくるめられてしまったようだ。剣の腕は確かなくせに、いつだって口の腕では負けることになってしまう。
「お前にも渡しておいてほしいと言われて、ここへ来たんだ。今日は朝から篭りきりで部屋の外へ出ていないようだと聞いていたから」
「今日は、外に出てはいけないような気がしたんだ」
「……お前は本当に勘がいいんだな。部屋を出た瞬間から大変なチョコレート責めにあった。こんなのは初めてだ」
言いながら、ジョルジュは緑色の箱を開いた。宝石のような形をしたチョコレートが、箱の中におさまっている。
「おお……チョコレートとはこんなに綺麗なものなのか。四角くて平たいものばかりなのだと思っていた」
「そうだな。色々な種類のチョコレートがあるとは思うが、贈答用のものは大方こんな感じだ。ほら」
今度は黄色の箱を開いた。ハートの形をしたチョコレートが現れる。感嘆の声をあげるアストリアに微笑みかけながら、ジョルジュはそのうちの一つを手に取った。
「これは、平和の証だな」
言いながら、ジョルジュもソファに腰掛ける。
「――――平和の証?」
アストリアは首を傾げた。
ジョルジュはハートのチョコレートを、うんうん悩んでいるアストリアの口元へ持っていった。
「平和の証、とはどういうことなんだジョルジュ……う」
開いた唇の中に、ハートを放り込む。微かに酒の匂いがするそれを口に含んで、アストリアはもごもごと何事かを呟いた。どうやら「美味い」と言っているらしい。
「……平和の証は平和の証だ。そのままの意味だ。去年まで、こんなことをできる状況じゃなかっただろう?」
チョコレートを飲み込んで、アストリアは静かに頷いた。唇にはチョコレートの欠片がついていて、ジョルジュはまた思わず笑ってしまう。
「チョコレートを作る材料も場所も、何もなかった。だが今年は違う。平和が訪れた……だから、俺達はこうやってチョコレートを口にすることができるんだ」
「そうか……そうだな……」
しんみりとした口調で、アストリアはジョルジュの言葉に応えた。
「なら、全部きちんと食べないといけないな! ほら、お前も食べろ。平和の証なんだろう?」
ハートのチョコレートを摘み、ジョルジュの唇に押し当てる。面食らいながらおずおずと唇を開くと、アストリアは嬉しそうな表情を惜しげもなくさらしながら、ジョルジュの口の中にチョコレートを放り込んだ。
甘く、だが微かにほろ苦いチョコレート。
咀嚼しつつ、ジョルジュは別の箱を開いた。
「おお、これはまた美味そうだ」
アストリアの声が弾む。アストリアはココアパウダーがたっぷりまぶされた丸いチョコをひょいと摘むと、投げ入れるようにして口に含んだ。
「おお、これもうまい、あ、う…………!! ごほっ、うっ」
ひゅうっとアストリアの喉が鳴る。ココアパウダーを思いっきり吸い込んでしまったらしい。涙声で噎せている。
「全く、お前というやつは……これだから放っておけないんだ」
丸まったアストリアの背中を優しく撫でながら、ジョルジュは水差しを手に取った。
End