『アストリア。お前のことが、好きだ』

 頭の中に思い浮かぶその言葉は、決して形になることはない。
 彼の背中を見つめながら、何度言葉を飲み込んだだろう。溢れ出そうになる想いを飲み込み、友人でいられなくなるぞと自分を脅しただろう。
 瞼をきつく閉じ、小さく息を吸い込んだ。
「……アストリア」
 名を呼ぶと、「どうした?」と彼が振り向く。屈託の無い笑顔を浮かべる彼に、自分は何をしようとしているのか。
「アストリア……一緒に……酒でも呑まないか」
 呟くように言ってから、彼に向かって微笑んでみせる。
(一夜限りの夢を見るために、オレは彼を裏切るのだ)


***


 陽が傾く頃に始まった小さな酒盛り。
 最初こそぽつりぽつりと話をし合うだけだったそれは、月が輝く頃になると違ったものに変化していった。
 どこか異質な色を滲ませたアストリアの翠の瞳を見つめ、ジョルジュは唇の端を上げた。
「……暑くないか?アストリア」
 テーブルの上に置かれたランプの灯りが、ゆらゆらと揺れている。カーテンが開いていることに気付いたジョルジュは、立ち上がってそっとカーテンを閉めた。月の明かりが遮られ、部屋が一層暗くなる。
 ぼんやりとした瞳を保っているアストリアは、部屋が暗くなったことにも気がついていないようだった。
「ん……?ああ、少し、暑いな……」
 シャツの前をはだけ、アストリアに近づく。アストリアはグラスを傾け、ジョルジュを見上げていた。
「どうやら、呑み過ぎたようだ。体が……妙に熱い」
 ふるりと首を横に振ると、アストリアは立ち上がった。
 自室に戻ろうとした足はよろめき、酒瓶が床に落ちて割れる。倒れたグラスから赤い液体が零れ、垂れ、床に染みを作った。
「アストリア……ッ!」
 同時に床に倒れそうになったアストリアの手を引いたジョルジュは、焦がれていた体をきつく抱きしめた。胸の鼓動が割れてしまいそうなほど早くなり、罪悪感が全身を焼く。それでもこの行動を抑えられなかったのは、本能が叫んでいるからに他ならなかった。
「……すまん、ジョルジュ。本当に、呑み過ぎた……」
 抱きしめたまま床に座り込み、ジョルジュは「違うんだ」と首を横に振った。
 アストリアの手がジョルジュの顔に伸び、優しい仕草で頬を撫でる。びくりと震え、ジョルジュはきつく瞼を閉じた。
「何故だろうな。……お前に触れたくて、堪らないんだ」
 頬を辿る指先が、首筋に流れる。
「頭がぼんやりして……」
 シャツの釦を外した指は胸元に侵入し、息を詰めたジョルジュの体はいとも簡単に崩れ落ち、
「……ジョルジュ……どうすれば良い?こんな……」
 仰向けになったジョルジュの手が、アストリアの首筋を引き寄せた。


***


 綺麗な顔だと思ったことは、何度もあった。
 吸い込まれてしまいそうな蒼い瞳を持った男――――彼の体は、何故か自らの腕の中にあった。
「アストリア……」
 ただひたすら体が熱くて、熱をどこかにぶつけたくて、白い体に手を伸ばす。
 日に焼けない体質なのだろうか。彼の体はどこも白く、眩暈を引き起こすほどだった。蒼い瞳は潤んでいて、誘う色をした舌が、薄く開いた唇の間からちろりと覗いていた。
 全てを見たいと思いシャツの釦を全て外すと、無我夢中で舌を這わせた。
「ひ……っ!」
 やわらかい肌だった。軽く噛んだだけで、痕がくっきりと残る。戦場でついた傷痕を辿りながら、彼の肌を味わった。
 ジョルジュは男で友人だ。それは分かっていた。なのに、衝動は全く収まる気配を見せなかった。
「ジョルジュ、ジョルジュ……ッ!」
 ジョルジュは、淋しげな表情をしながら微笑んでいた。その表情に、胸がざわつく。彼の体が震えていることに気付き、それでもなお、彼の体を愛撫し続けた。
 頭の奥がびりびりと痺れ、熱い息を吐き出しながら白い体を暴く。下衣を下ろせばそれはもうすでに勃ち上がっていて、とろとろと透明の雫を垂らしていた。
「……そこは、触らなくていい……っ」
 握って擦ると、いやらしい音がした。閉じようとする足を無理矢理開き、唇を近づける。嫌悪感を覚えることなくペニスに舌を絡め、きつく吸った。
「んんん……!」
 口を蓋しているのだろう。くぐもった喘ぎが耳に届いた。
「アストリ、ア、だめだ……それは、やめ……やめてくれ……」
 鈴口を舌先で抉り、音をたてて舐めしゃぶる。
 『ジョルジュを気持ちよくしてやりたい』という思いがどこかにあった。
 唾液をまぶしながら手で扱けば、ジョルジュの背が弓なりに反る。くちゅくちゅという音が間断なく響き、淫猥なにおいが漂い、唾液が窄まりに垂れ、彼の喘ぎ声が脳に侵入する。
 喘ぎには、涙声が混じっていた。
「ジョルジュ……」
 空いている手を、ジョルジュの口元へ持っていく。ぬるついた舌が指を迎え入れ、淫奔な仕草で絡みついた。美しい顔が歪む光景に見惚れ囚われていると、一際大きな声をあげ、ジョルジュの体が震えた。
「あああ、あ……ん……っ!!」
 びゅくびゅくと散った白い液体が、ジョルジュの腹と金の恥毛を汚していった。
 胸元まで赤く染めた彼の肢体は熱く蕩けていて、彼自身の唾液に濡れた指を後腔に突き立てると、声を出すこともできずにジョルジュは首をゆるゆると振る。
 ここに、入りたくて堪らなかった。熱い場所を犯し揺さぶり、注ぎ込みたかった。
 自らのものを取り出し、ひくついているその場所に押し当てる。
「はや、く……」
 声に煽られ先端を押し込み、
「あああああぁっ!!」
 膝裏を持って力任せに入り込んだ。中は熱く、今にも出してしまいそうだ。ぼろぼろと涙を零している彼の顔を眺めながら、容赦なく腰を打ち付けた。
「あぁっ……ひ、う、あああぁ、あっ!」
 腰を揺らしながら、彼は泣く。
 それは、快楽からくるものとは思えなくて。
「アストリア……ッ、好き、好きなんだ、アストリ、ア……」
「ジョルジュ……?」
 涙は止まらなかった。金の睫毛が涙に濡れて光る。こんな表情は、今まで見たことがない。悲しみの塊のような顔を晒しながら、上目遣いでこちらを見ていた。
「オレは……お前のことが……好きだから、だから……んんう……っ」
 言葉は続かなかった。
 腰を動かし中を抉り、口付けで彼の言葉を奪う。言わせてはならない言葉のような、そんな気がして。
「んん、ん、う、んっ、ん……っう、う」
 ぎゅう、と締めつけられ、彼が達したことを知る。疲れきって弛緩した体を押さえつけ、引きずりだしては最奥に叩きつけた。何度も震える彼のペニスは水っぽい精液を垂らすだけになり、絶頂が見え始める頃には彼の声は掠れてしまっていた。
「ジョルジュ……中に出してもいいか……?」
 こくこくと頷いて、腰に足を絡ませてくる。目の前が真っ白になり、下腹部が痙攣するのを感じた。
「ああ、あ……っ……」
 長い射精だった。
「あつ、あつい……」
 達せば終わる、そう思っていたのに、獣のような衝動はおさまらない。引き抜いても、ペニスは力を失わぬままだ。
 ぱっくりと口を開いた後腔から、粘ついた白い液体が溢れ出す。
 ジョルジュの足を掴む。激しすぎる快楽から逃れようと、彼の体が逃げをうった。背を向けた後ろ髪を掴み、尻たぶを掴んで挿入する。
 彼の白い指は、傍にあったベッドのシーツを掴んでいた。
 髪を結んでいたピンク色のリボンが切れ、金の髪が散らばり――――そこから先は、何も分からなくなった。



「――――寝坊だぞ」
 小鳥の囀りと共に聞こえてきたのは、ジョルジュの声だった。
「朝の訓練をするんじゃなかったのか」
「えっ!?……ああ、すまん」
 ベッドから起き上がって窓の外を見れば、陽は高く昇っている。眩しさに目を細めながら首を傾げ、あれは夢だったのだろうかと考えた。
 そうだ。ジョルジュが、あんなことを言うはずはない。
 『お前のことが好きだ』だなんて。
「……先に行っているぞ、アストリア」
 背を向けた彼は、扉を開け、足早に部屋を出て行く。
 彼の金の髪を結うリボンが青色をしていることに気付き、違和感を覚えつつも、それが何なのかは分からなかった。


End


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