星空の美しさに気づいたのは、モンスターになってからのことだ。
昔は空を見上げもしなかったな、と思う。
何に追い詰められ、修行に明け暮れる日々を送っていたのか。今となってはもう、分からない。
「ぎゃっ!つめてえー」
靴を脱ぎ散らかし、下衣が濡れぬようにぐいと上に持ち上げて、情けない声をあげている青年がいる。足首まで海水に浸かり、楽しそうに笑っていた。
「……マントが濡れているぞ」
「げっ!ほ、ほんとだ」
マントの存在を忘れてしまっていたらしい。裾が海水に浸かっている。
「洗ったばっかなのに」
まあいいや、と裾をぎゅうと絞り、
「ルビカンテも来いよ!」
細めの目を更に細めて、彼は言った。
「……私は、いい」
「何で」
「水は好かぬ」
一瞬頬を膨らませて何事かを言おうとした彼は、結局何も言わぬまま、沖の方へずんずん歩き出してしまった。
あまりそちらに行ってはいけない。
「いて……っ!」
口にするより先に、彼は水の中に盛大に突っ伏した。
ばしゃん、と水しぶきがあがり、驚いて駆け寄る。
何とか起き上がって座ることに成功した彼は、「いてえ」と私に泣きついてきた。涙声だ。
「どこか、痛めたのか」
「何かこう、ちくちくして」
「どこだ?一体どこが……」
「……尻が、いてえ」
「し、尻?」
抱き寄せ、彼の背中を覗きこんだ。マントで隠れてしまっていて、よく分からない。
マントをそっと退けて、彼が「痛い」という場所を見る。
「……ああ、なるほど」
尻の辺りで、蟹がもぞもぞと動いていた。
「蟹に、尻を挟まれているな。よく見たら、足も」
「げっ」
転んでしまったのは、足を挟んでいる蟹のせいだろう。転んだ拍子に、二匹目に挟まれてしまったというわけだ。
摘んで少し離れた場所に放り投げてやると、蟹はさかさかと横歩きをしてどこかへ行ってしまった。
「……びしょびしょになっちまったなあ」
のんびりとした口調で言う彼の下衣の尻の部分には、小さな穴が開いている。尻に穴が開いていると教えると、「元からだ」とげらげら笑いながら尻に手をあてた。
下品な物言いに閉口してしまった私を、伺うように見ている。
「血が出ているぞ。回復してやるから、大人しくしていろ」
「おう」
抱きしめて、尻を撫でる。「ぎゃあ」と喚いて跳ねたので、「何だ?」と顔を覗きこんだ。
「触り方が、変態臭かった」
「……失礼な事を言う」
「冗談だよ、冗談」
濡れ鼠になってしまったせいで、彼の体は冷え切ってしまっていた。
手を引いて帰ろうと促すと、途端、淋しげな顔をする。
彼は、外が好きなのだ。本当は、もっと風を浴びていたいのだ。
「……帰るぞ」
だが、私の我侭な心がそれを許さなかった。
◆◆◆
初めて出会ったあの夜、彼は、森の中で死んだように倒れていた。
モンスターに追い詰められて足を踏み外したのか、傍にある崖から落ちたらしかった。
怪我らしい怪我はないのだが、私が近づいても触れても、目を覚まさない。
彼の服装は華美なものではなかったが、生地はとても高級そうなものだった。それなりに身分の高い者、ということか。
このまま放って置いても良いと思うのだが、それでは気になって眠りにつけないかもしれない。
抱き上げても目を覚まさなかったので、自室に連れ帰ることにした。
土に塗れていてどうしようもなかったので、下着を残して服を脱がせ、ベッドに横たわらせた。
濡らした布で、汚れている場所を拭いていく。やはり彼は、じっと目を閉じているだけだった。
布に覆われていたときは気がつかなかったが、端正な顔立ちをしている。銀の髪は少し傷んでいて、服の質の良さとは不釣合な気がした。
身分の高い者が、あんな崖の上で何をしていたというのだろう。
拭き終え、青年の体にシーツを掛けて立ち上がり――先程脱がせた青年の服の『重さ』に違和感を覚え、服の中を探り始めた。
「……武器、か」
あまり見覚えのない武器が、懐から顔を出す。その武器からは、微かに血のにおいがした。
青年の顔を見る。穏やかな寝顔とはあまりに差があり過ぎる血のにおいに、また違和感を覚えた。
「…………ん……」
ごろんと転がり、ベッドから落ちてしまいそうになる。慌てて抱きとめると、マントに思い切りしがみつかれた。
離れない。
力尽くで引き剥がそうかと思ったが、指を折る可能性があると思い直し、やめた。細く長い彼の指は人間にはありきたりなサイズのものなのかもしれないが、私からすればあまりに貧弱だった。
シーツごと抱き、ベッドに腰掛ける。
細い体は軽かったが、青年の体には適度に筋肉がついていた。やはり、彼は戦いの中に身を置く者なのだろう。
微かに体を丸める仕草を見せた。寒いのかもしれない。
更に、しっかりと抱きしめる。
こんな風にして誰かの肌を感じるのは久しぶりだった。
青年の規則的な寝息が、私を眠りの世界へと引きずり込もうとする。
そうだ、そういえば、今日はきつい一日だったのだ。単なる偵察の日であったはずなのに、いつの間にかカイナッツォと戦うことになっていた。
あの男は、喧嘩っ早くていけない。
ああ、眠い。だがこの体勢で眠ってしまったら、彼を落とす可能性がある。
それならば、と彼を抱いたままベッドに横たわり、限界に差し掛かっている瞼を閉じた。
「は……離せ……っ!くそ、このっ」
小鳥の囀りが耳元を擽っていた。同時に、泣き出しそうな声も聴こえていた。
瞼を開くと――――涙目の青年が、腕の中でもがいていた。
ぱっと手を離す。途端、ものすごい勢いで彼は後ずさった。
「お、おれ、おめぇと」
「……え?」
窓から射し込む朝日が、下着しか身に着けていない彼の裸体を照らしていた。
震えている声に、耳を傾ける。
「おめぇと、一夜を共に」
「それはない」
何を勘違いしたのか、青年はとんでもないことを言い出した。モンスターを目の前にして口にする第一声がそれとは、もしかしたら大物なのかもしれない。
普通は、貞操の心配より命の心配をするところだろう。
「……お前は、崖の下で倒れていたのだ。おそらく崖から落ちたのだろうな」
彼はきょとんとした顔をして、緑の眼差しをこちらに向けている。
「安心しろ、子どもを殺す趣味はない。家まで送り届けてやる」
ぱちぱち、と音が鳴りそうなほどの速さで、彼は何度も瞬きをした。首を傾げている。
「なあ、おめぇの名前は?」
「ルビカンテだ」
「……ふうん」
そう言って、一度開けた距離を詰め始めた。間近まで来て、私の顔を見上げて覗く。
「じゃあ……じゃあさ。俺の」
「ん?」
「俺の名前は?」
一時的なものなのか、一生続くものなのか。それは分からない、とルゲイエは言った。
「何にも思い出せねえや」
脳天気な口調で、呟いてみせる。
「……記憶を失っているのはお前なのだぞ。何を呑気なことを」
頭を撫でながら言うと、「悩んだって仕方がねえだろ」と、最もな答えが返ってきた。
せめて名前だけでもと思い彼の数少ない持ち物をよくよく見直してみると、使い込まれた武器の持ち手に『エッジ』という文字が彫られていた。
彼の名前かもしれない。
ものは試しだ。窓の外を見やっている、細い体躯に投げかけてみた。
「エッジ」
煌めく太陽光を反射しながら、彼は目を丸くして振り向いた。子どもっぽい表情に、胸が疼く。
――何だ?この感情は。
「……それ、俺の、名前?」
「おそらくな。……この武器に、そう彫られているんだ」
「へへっ、いい名前だな!」
こちらに駆け寄り、私の手から武器を奪う。じっと見つめ、獣の素早さでそれを投げた。
「多分、こう使うんだと思う」
壁に突き刺さったその武器を、彼の体は覚えていたようだ。無駄一つない動きに感動しながら、思う。
この様子なら、しばらくすれば何もかもを思い出すかもしれない。
「記憶が戻るまで、ここにいるといい」
「迷惑じゃねえの?俺とおめぇは他人なんだろ?」
「迷い猫のようなものだと思えば可愛いものだ。元の飼い主が見つかるまで――」
「俺は猫じゃねえっ」
「似たようなものだ。家を忘れた子猫だろう」
「誰が子猫だ!」
実際、彼はまるで猫のようなのだ。
歩くとき、足音がしない。
「……ああでも、私も一緒にこの部屋を使うからな。そこは我慢しろ」
「そりゃあ俺が居候させてもらうんだからかまわねえけどさ。……そっちこそ、いいのか?」
「この建物はモンスターだらけでな。お前一人をこの部屋に寝かせておいたら、次の日にはもう……」
「げっ」
露骨に嫌そうな顔をしながら、『エッジ』は私の顔をじいっと見た。
「……そういや、おめぇもモンスターだったな」
「ああ」
「変なモンスターだな。『子猫』を見つけて食わねえなんて」
わざとらしく、子猫という言葉を使う。
「子猫は食べても美味くない」
「え?」
素っ頓狂な声を出した彼に向かって、
「後味が悪いだろう?親猫が待っているということが分かっているからな」
「……そ、そっか」
曖昧な表情をして、彼は微笑のようなものを唇の端に浮かべた。
同じ部屋で眠るということは、同じベッドで眠るということだ。
私のベッドは広いから問題ない――と思っていたのは間違いだったらしく、その日から私は安眠を妨害され続けた。
エッジが、私に抱きついてくるのである。
しかも、一度抱きついてきたら朝まで離れることがない。
理性をコントロールすることに長けているはずなのに、私の頭の中は滅茶苦茶になりかかっていた。人間のにおいは、モンスターである私の心をこれでもかというほど擽る。
何日かは、普通に我慢することができていたのだ。だが、睡眠不足が理性を削り取っていってしまう。
このままではいけない、と、我慢の限界が近づいたある日、私は床で寝ることを決意した。
「どうしてこうなるんだ……」
床で寝ていた私の体には、毎夜と変わらず、エッジの腕が巻き付いていた。ご丁寧に、足も一緒に巻き付いている。
わざわざベッドを下りてくるとは、予想していなかった。
「ん……んん……」
さらにぎゅうっと抱きしめて、胸元に顔を埋めている。
ふと、昼間の彼の表情を思い出した。
彼の性格は、一見お気楽そうに見える。
軽口を叩き大声で笑い、楽しそうに本を読んだり刀を振るったり、笑顔を絶やすことはない。
だが時々、その瞳には淋しげな色が滲むのだ。
記憶がない、とは、何て不安定な状態なんだろう。記憶がないということは、過去がないということなのだ。
予想以上に長引いている記憶喪失に、エッジも、そして私も焦り始めている。
「……あ…………あれ……?俺、なんでここに……」
目覚め、私の腕の中にいることに気づいた彼が、寝ぼけた声で呟いた。
彼は、見た目からすれば二十歳前後の青年だ。無意識のうちとはいえ私に抱きついてくるなんて、普通の状態であれば有り得ない。
おそらく、彼は相当参ってしまっているのだ。元来の性質故、表には出さないけれど。
「……エッジ」
きつく抱きしめた体は、細い。
「ルビカンテ……?」
彼は、腕から逃れようとはしない。
「何で……おめぇが痛そうな顔してんの?」
切なげな声で、そう呟いただけだった。
私が『仕事』――情報を集めたり、人を殺したりすることもある――に行っている間、彼はずっと、この部屋で一人きりで待っている。
ルゲイエに頼んで、扉の外に見張りの機械も設置した。これで、モンスターに襲われる心配はない。
最初のうちは外に出かけていたりもしていたが、頭痛を訴え始めた為、こうするしかなくなってしまった。
いや、もしかしたら、あの頭痛の向こう側に彼の記憶を呼び戻す鍵があるのかもしれない。けれど、このごろの私は「何も思い出さないで欲しい」と思うようになっていた。
何もかもを思い出した彼が部屋を出ていってしまうという現実から、目を逸らしていたかったのだ。
私は、彼に惹かれ始めていた。
夜の外出は、頭痛を引き起こさない。
そのことに気づいた私達は、海や森で夜の散歩をすることが多くなっていた。
今夜は海に出かけたのだが、エッジは海で転び、濡れ鼠になってしまった。
「……帰るぞ」
このままでは風邪をひいてしまう、と手を引いて促すと、「嫌だ」と寂しげに首を横に振る。
「……なあ、ルビカンテ。俺、いつまで……このままなんだろうな……」
繋いだ小さな手には、力が篭っていた。
「もしかして、一生このまま……」
声は絶望に満ちている。体は震え、寒さを訴えていた。
「何を馬鹿な事を言っている。帰るぞ」
彼の足は止まっている。もう一度、手を引いた。
「帰るぞ」
とても、歩いて帰ることのできる状態ではなさそうだ。
テレポを唱え、彼の手を離さぬようにきつく握った。
目の前が白くなる。
テレポで辿りついた場所はといえば、バスルームだった。
スイッチを押す。湯気が上がり、ずぶ濡れになっている彼の体に湯が降り注いでいく。
「……う、う……っ」
その場に座り込み、しゃくりあげ、呻きを漏らす。服が、薄い背中にはりついていた。
ひゅう、と喉が鳴る音がする。
濡れた瞳が、こちらを仰ぎ見た。
「時々、何かを……思い出せそうになるんだ。でもそれはひどく曖昧で、結局はつかまえることができないまま終わってしまう」
癖をなくした銀の髪が、光っている。
「おめぇのことを部屋で待ってる間、何度も何度も思うんだ。『ここを出て、どこかに行こう。頭痛に耐えれば、記憶が戻るかもしれない』って。なのに俺は、どうしても部屋の外に出ることができねえんだ」
色の戻り始めた頬に、そっと手を伸ばした。
彼は、恍惚の滲む穏やかな表情で瞼を閉じる。
「おめぇはいつも、部屋に帰ってきてすぐに俺の顔を覗き込むだろ。それからほっとした顔でさ、俺の頭を撫でる」
ああ、確かにそれは私の癖だった。
何故なら、私は――――。
「おめぇが俺の頭を撫でる度に思うんだ。俺が出ていったら、おめぇは悲しむだろうなって。自意識過剰かもしれねえけどさ」
親指で唇をなぞると、彼は獣のように甘く噛みついてきた。
「……おめぇの味がする」
涙は湯に混じってしまい、その輪郭を失っている。
猫を撫でる仕草で喉を撫で上げ、欲望を煽る真っ直ぐで透明な色をした瞳を見つめる。
「ルビカンテ。……俺がいなくなったら、どうする?」
煽られるまま、顔を近づけていった。
彼がいなくなったら――――?
やわらかな唇を、啄む。微かに震える体を抱きしめ、「お前を失うことなど、考えられない」と口にする。
「……ずっと、部屋で待っていて欲しいのか?」
「それは、少し違うな」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「私は……お前が私以外の者を知って、私のことを忌み嫌う日が来ることを恐れているんだ」
「ばーか。んなこと、あるわけねえだろ。俺がおめぇを嫌うなんてこと……」
「言い切れるのか?以前の記憶が戻ったら、逆に、記憶を失ってから今までの記憶を忘れてしまう可能性もある。共にいた記憶を失くしてしまえば、お前は私を『単なるモンスター』だと認識するだろう」
脅しに近いということは分かっていた。
醜い感情が、心の底からどす黒い色をして這い上ってくる。
「お前は、私を殺すかもしれない」
彼は、ゆるゆると首を横に振った。
「言うな……っ……聞きたくない……!」
「『モンスターは邪悪なものだ』と認識して、私に刃を向けるかもしれない」
「聞きたくねえっつってんだろ!!」
悲鳴にも似た叫びが、こだました。
「……何で、んなこと言うんだよ……っ!キスまでしておいて、何で……」
「お前が思っているほど、私は綺麗な生き物ではない。お前を閉じ込めて、独り占めしたいと考えている。お前の体を無茶苦茶にしたいと思ったことも、一度や二度ではない」
「……俺の、体を?」
「体だけではない。……心も」
「…………無茶苦茶にすればいいじゃねえか。俺は、壊れやしねえよ」
彼の体を貪り食う夢なら、何度も見た。
甘い血の味が口いっぱいに広がる感覚は、何とも言えない心地良さを与えてくれた。
だが夢を見た後に残るのは、絶望感だけだった。
やわらかそうな内腿に、そっと噛りつく。
シャワーを止めたバスルームはやけに静かで、響くのは濡れたいやらしい音だけだ。
「ん……っ」
壁に背を預け、大きく脚を開き、上衣の裾を持ち上げている。
その格好が私を煽るということに、彼は気づいていないようだ。
「……殆ど何もしていないのに、固くなっているぞ……?」
言えば、ふいと目を逸らす。
「ほら、こんなに」
先走りの液体がとろりと垂れ、銀色の恥毛を濡らしていく。見上げてみれば彼の頬は真っ赤で、
「恥ずかしい、んだよ……馬鹿……っ」
そう言うのが精一杯らしかった。
浅い息が、私の耳をくすぐる。舌を伸ばし、先走りを舐めとり、先端を吸った。
「あ、あ……!」
想像以上に、甘い体液だった。
「……おめぇの、口……あちい……っ!」
緩く腰を振り、彼は掠れた喘ぎをあげる。無意識に行っているらしいその仕草は、あまりにも淫奔だった。
裏筋を刺激しながら、指を後ろに伸ばす。確かめるように、撫でた。
「ひ…………っ」
当たり前のように、その場所は固く閉じている。
先走りを塗りつけ、ゆっくりと埋めていった。
***
こんな場所に入るはずがないって、最初はそう思っていた。
胸が壊れそうなほどどくどくいって、服を持ち上げてるてはぶるぶる震えてて、なのに俺は、ルビカンテの指が入ってくるのをじいっと大人しく待っていた。
俺は、ルビカンテが欲しかったんだ。
ただただ、欲しくて堪らなかった。
「力を抜けるか……?まだ、半分も入っていない」
俺は、耳を疑った。こんなに苦しいのに、ただの指なのに、それが半分も入っていないだなんて。
確かに、ルビカンテの指は太くて長かった。けど、ここまでだなんて思ってなかった。
少し怖くなって、ルビカンテの頭をきつく掴んでしまった。
「やめるか?」
呟いた彼の言葉に、ゆっくりと首を横に振った。
ルビカンテだって、我慢してるに決まってる。突っ込みたいのを我慢しながら紳士らしいことを言うこいつは、俺が「やめる」と言ったらどうするんだろう、なんて思ったりした。
「お前を傷つけてまでする行為ではないだろう。口づけだけなら、お前を傷つけることもない」
ルビカンテの目は、欲望を隠しきれていなかった。
劣情がたっぷり篭った目は、俺を欲しがって揺れていた。
「無茶苦茶にしていいって……言ってっだろ……」
血が出たってかまわなかった。無茶苦茶に突っ込んで、俺を欲しがってほしかった。
一度だけでいい、紳士の仮面を捨てたルビカンテの姿を見てみたい、そう思っていた。
「……お前は、私を煽るのが上手いな」
「ん……っ」
「ほら、全部入った」
俺の玉をべろんと舐めて、中指をぐるんと回し、もう一本の指を押し当て、
「……やはり、この続きはベッドですべきだな。ここで最後までするのも悪くはないが、時間をかけてするのは不向きだ」
「ひ、あ……ああぁ……っ!!」
再度先端を銜えられ、舌先で先を抉られる。腹がぎゅうっと締めつけられたようになって、目の前が白くなった。
嚥下する音が聞こえて、飲んだのか、と思う。
え?飲んだ?
「……の、飲んだのか?んな不味そうなモン……!」
「甘いぞ。砂糖みたいに甘い」
と、とんでもないことを呟かれて、変な声が出る。
モンスターの味覚のせいなのか、それとも、これもルビカンテの紳士的な性格からくる発言なのか。
とにかくとんでもなく恥ずかしくて、渾身の一撃を頭にくらわせた。
浅く、浅く息を吐く。
入り込んでくるものはでっかくて、オイルを塗ったくってなかったら多分切れちまっていたに違いない、なんてことを考えた。
「ん、んん……」
少しずつ、ルビカンテのものが入ってくる。指とは比べものにならないくらいに大きいそれは、限界まで張り詰めていた。
「すげ……がちがちになってる……」
膝の上に座らされている体勢のせいで、何もかもが丸見えだ。ちょっとしか入っていないけれど、俺の中はいっぱいになってしまっている。それでも全部を飲み込んでしまいたくて、腰を自ら落としていった。
「……煽っているのか?」
ルビカンテの声は掠れていた。激情を抑えつけようとしているらしいその声は、俺の中の何かを熱くさせた。
「で、でっかくしてんじゃねえ……!」
驚いたことに、これはまだでかくなる余地を残していたらしい。
動くこともできないほどぎちぎちになってしまって、腹の奥を支配するじんじんとした疼きが酷くなった。
息をするだけで、精一杯だ。
肩で息をしている俺の腰をきつく掴みながら、ルビカンテは俺のことをただ見つめている。
――――目で犯されている、と思った。
獣の瞳がこちらを見ている。
喰われてしまいそうだと考え、「食べられたい」と望む自分の気持ちに気がついてしまった。
「……ふ、ぁ……っ」
「すまない。苦しいのだろう……?」
でかいそれは、既に有り得ない場所まで到達していた。
俺の下腹が、微かにだが、ルビカンテのものの先っぽを形取るように膨らんでいる。
「これ以上は無理だな」
何ともいえない表情で、ルビカンテは小さく言った。
焼けつくような熱さに、息を飲む。
「刀、に……貫かれてるみてえ…………」
苦しいはずなのに、俺のものは今にもいってしまいそうなほど勃っちまっている。
ルビカンテと繋がれたという事実が、とても嬉しかった。
「この体勢は辛いか?それなら……」
繋がったまま、押し倒される格好になる。一滴の汗が俺の頬に落ち、ゆっくりと流れていった。
「……動けよ……きついんだろ?」
「しかし」
ルビカンテは、必死で耐えているらしかった。俺の体を傷つけぬようにと、衝動を殺しているのが分かった。
「辛そうな顔を見てるより、気持ちよさそうな顔を見てる方がいいじゃねえか……俺は、おめぇに惚れてるんだから」
「エッジ……」
驚いたことに、ルビカンテは泣き出しそうな表情をした。
「おめぇ……何で、そんな顔するんだよ…………っあ!!」
膝裏を押さえつけられ、膝が胸にぴったりとくっついた。咄嗟にシーツを掴む。
浅い場所を掻き混ぜられ、目の奥がちかちか光った。
「ひっ、ん……んんっ!」
繋がった場所が、くちゅくちゅと鳴っている。
チンコの裏をひたすら擦られ、頭がおかしくなりそうになる。だんだん、唾液が飲み込めなくなってきた。自分が何を言っているのか、どんな体勢でいるのか、それすら曖昧になってくる。
ただ一つ分かるのは、ルビカンテの体温の高さだけだ。
くっついているところから、溶けていってしまうような気がした。
「……そこ、気持ち、いっ……!ごりごりって……っあ……っ!」
「ここか……?」
荒い息が、重なる。
気持ち良すぎて、目眩がする。
だけど、目の前がぼやけてしまうのは何故なんだろう。
記憶を取り戻したくて、でも取り戻したくなくて、ルビカンテのことだけを考えていたくて、でも、過去を思い出せないのは嫌で。
涙でできた膜の向こうで、ルビカンテが俺を見下ろしている。
「ルビ、カンテ……ッ」
手を伸ばせば、優しく握ってくれる。「愛している」と囁かれる声は甘く、蕩けるような響きを持っていた。
本当は、ルビカンテと、ずっと一緒にいたい。
だけど、それじゃ駄目だ。
こんなもやもやした気持ちのままで傍にいるのは嫌なんだ。
腰の動きが速くなった。
浅かった挿入は深くなり、快楽の海に溺れていってしまう。
「……もう、いく……っ!でる、から、でるから、あ、あぁ……っ!」
生温かい液体が、顔にかかった。舌で舐め取ると、しょっぱい味とざらざらした舌触りがやってきた。
奥の奥に突っ込まれたものが、ぶるぶると震える。
腹の中に、熱い精液が流れ込んでくるのを感じた。
「ああぁ……っ!!」
長い射精。
それが終わらぬうちに、また、ルビカンテは動き出す。
泡立った白い液体が結合部から溢れ、いったばかりの体に与えられるきつすぎる快楽に喘ぎをあげた。
涙が溢れる。どうして泣いているのかが分からない。悲しいわけでも、辛いわけでもない。
「ルビカンテ……好き、だ……」
想えば想うほど、涙が止まらなくなってしまう。
祈るような気持ちで、ルビカンテの手を握りしめた。
丸太みたいに太い腕の間をすり抜ける。
外はまだ薄暗く、夜独特の静けさを残していた。
ベッドを下りて、温もりを失くして震える体に服を纏う。男の寝顔が視界に入ってきて、咄嗟に目を逸らした。
胸が、ずくずくと痛む。
何かに侵食されているかのように、息苦しさと疼きが増していく。
「……ルビカンテ」
呼べば、余計に辛くなる。分かっていながら、小さく口にした。
「ルビカンテ」
もう一度呼んで、そうっと顔を近づける。目覚めて欲しいという気持ちと目覚めて欲しくないという気持ちが、俺の中で何度も何度もぶつかっているのを感じた。
触れた唇の温かさが、堪らなくいとおしい。
後退りして――ルビカンテが大切に保管してくれていた武器を引き出しから取り出し、懐に仕舞い込む。体が覚えているから、使い方は分かる。
踵を返す。
振り返らない。
記憶を取り戻したって、おめぇのことを忘れたりなんかしないさ。
万が一忘れちまったって、もう一度好きになれば済むことだろ。
自動で開く扉の向こうに一歩を踏み出す。もう、後戻りすることはできない。
知らず知らずのうちに、唇の端に笑みが浮かんでくる。
「……ヘッタクソな狸寝入りしやがって」
微かな音をたてて、背後で扉が閉まった。
End