胸を合わせているときだけ、『想い合っているのではないか』という錯覚に陥ることができた。
 そもそも、彼は俺のことをどう思っていたのだろう。
 与えられる快楽によって霞みゆく意識の中、考えを纏めようとするのだけれど、それはいつも失敗に終わった。
 温かい肌に触れていると、その温かさによって、心の中にできた棘が溶かされていくように思えた。
 ゴルベーザに抱かれることで、胸に開いた大きな穴が埋まっていくような気がしていた。
 錯覚だと分かっていても、あの手に縋りつかずにはいられなかった。

 最後の最後になって気がついたことがある。
 ゴルベーザが俺をどう思っていたのかなんてことは分からなかったけれど、これだけは確実だった。
 胸に大きな穴を開けていたのは、俺だけじゃなかったんだ。


◆◆◆


 ねだるように腰を突き上げ、シーツを掴み、涎を垂らし、カインは啼く。
 欲しがるそこに自らの熱を押し当て、ゴルベーザはわらった。
「……そんなに、欲しいのか。浅ましい奴だ」
 洗脳によって真っ赤に染まった瞳が、涙できらきらと光っていた。まるで宝石のようだ、と思う。宝石は蕩け、本来の色を失くしていた。
 はあ、はあ、はあ。荒い息。金糸が彼の額に張りついている。期待からなのか、薄く形のよい唇が震える。けれど、『欲しい』とは言わない。
 陥落寸前のくせに――いや、洗脳されているのだから、既に陥落しているのか――彼は、自らのプライドを大事に抱えているように見える。
 それがゴルベーザを更に煽ることになるとも知らずに、カインは最後の砦を守ろうとする。
 ぐ、と腰を進めると、あえかな悲鳴が耳に届いた。
「……ひ、あぁ……ああぁ……っ!」
 甘い愛撫など、必要なかった。何しろ、数時間前に抱いたばかりなのだ。
 ひくつく穴は解れ、ゴルベーザを飲み込む。ぎゅう、と中が収縮する。達したのだと分かったが、カインのペニスが精液を出すことはなかった。
 ゴルベーザを欲しがるよう術をかけたのは、他でもないゴルベーザ自身だ。すぐに体を熱くして、ゴルベーザの腕に縋る。マントの端を持ち、「抱いて下さい」と態度で示してくる。
 そんなとき、決まってカインの体からは石鹸の香りがする。美しく梳かしあげられた髪。白いシャツの釦を一つずつ外していきながら、期待の眼差しでこちらを見つめるのだった。
「ああぁ、あぁっ!んん、ん……っ、ん!!」
 口よりもものを語る上目遣いの瞳。何もかもをかなぐり捨てて、カインはゴルベーザに縋りつく。
 体つきは、決して頼りないものではない。なのに、その存在が酷く頼りないものに見える。輪郭が霞み、雲のようにぼやけてしまう。
「カイン……」
 カインが欲しい、と思う。ならば、カインの何が欲しい?
 体は、容易く手に入れることができた。淫らに足を開く人形は、どんな要求にも逆らわない。
 命じれば従うのだから、手に入らないものなどないだろう。そう思うのに、ゴルベーザの心は満たされない。
 もっと深く犯したくて唇を貪ると、舌を出し、カインは更なる快楽を求めた。
「……ゴルベーザ、様…………っ」
 長く、しなやかな脚に指を滑らせる。白くなめらかな脚は防具を纏った途端、強靭な武器へと変貌する。この脚に蹴られたら、掠り傷では済まないだろう。
 脚は微かな抵抗もせず、ゴルベーザを受け入れるためだけに大きく開かれている。
 深くまで犯し尽くして、全てを露わにさせて、頭の中を余すことなく覗き込んで、それでもまだ足りない。
 どうやっても、足りない。
「…………あ……ぁ、ああぁ……っ!」
 何度目かも分からない逐情で、白い腰が甘く震えた。
(私は、カインに抵抗して欲しいのか?)
 分からない。
 少し違うような気もしたが、合っているような気もした。
 抵抗――彼の意思が宿った行動――尖った氷の刃のような、激しく鋭い瞳――あの、ミストで垣間見えた、カインの本質だ。
 本物の彼は、ゴルベーザに足を開いたりしないだろう。甘い愛撫をねだり、「犯してくれ」と目で語ったりはしないだろう。
 そう。違うのだ。
 目の前にいる彼は、カインであって、カインではない。
 彼の白い胸の中心にある、大きな穴を想像する。
 心に開いた大きな穴を埋めることができれば彼の“本質”を手に入れられるであろうと思うのに、埋め方が分からない。
 抱けば抱くほど、心が荒れていく。
 仰け反った白い首筋に、青い血管がうっすらと浮かび上がっている。魔物のように血管に齧りつき、犬歯で皮膚を裂いた。
 血の味がする。
 この男は人形ではない、と思った。
「んん、あ、あぁ…………!」
 今、洗脳を解いたら、彼はここから逃げ出すのだろうか。
 きつい眼差しでこちらを睨み、喉元に槍の切っ先をつきつけてくるのだろうか。

 ――――彼の、本当の姿が見たい。

 衝動を抑えきれず、カインの額に手をやる。
 壊れた機械のような調子で、カインの瞳がちらちらと瞬き始めた。
 本当の姿を見ることができたら、自らの胸に開いた穴も、少しは塞がるかもしれない。
「……い、いやだ…………っ!解かないで、くれ……ゴルベーザ…………ッ!」
 赤から青へと姿を戻した青い宝石が、とろりと涙を流した。



End




Story

ゴルカイ