この場所は、見知ったあの場所によく似ている。
 遠くには青き星が見え、もう一つの月が顔を覗かせている。ここに来る度、月の民と歩もうと決めた日のことを思い出す。
 あの日。フースーヤや他の月の民と眠ると決めたあの日――――本当は、彼の手を引いて共に眠りにつきたかった。

 記憶を何度も何度もなぞり、月で別れた時の彼の表情を思い出そうとする。兜に隠された瞳を見ることはかなわず、切なげ歪められた唇だけが全てだった。
 あの時、私は、「お前はどうするのだ」と彼に問いかけたかった。
 彼は、バロンに帰ることができるのだろうか。彼の居場所は残されているのだろうか。居場所があったとしても、彼はその場所に帰りたがらないのではないか。
 幾つもの疑問が浮かんでは消え、けれど、それらが言葉になることはなかった。
 傍にいられなくなるということは、顔が見られなくなるということだ。表情を読み取ることも、ぬくもりを感じることさえもできなくなるということだった。
 
 一度目の別れは、月だった。
 二度目の別れは、青き星で。
 そして、三度目の別れは――――。

 『また会おう、ゴルベーザ』。そう言った彼の声に迷いはなく、迷っていたのは、私の方だった。
 三度目の別れのきっかけを作ったのは私だったのに、最後の最後まで、私は迷い続けていたのだった。

 この世界で初めて出会った時、彼は私のことを覚えていなかった。輪廻の中、戦いの中に身を置くことで、彼は私のことを思い出していった。
 彼が初めて私の名を呼んだ瞬間の表情と声を忘れることは、できそうにない。「ゴルベーザなのか……?」と困惑を隠さずに槍を下ろした彼の声は震えていて、次に「嘘だ、どうして」と口にした唇も震えるばかりだった。
 息をひそめて黙りこくった彼の頬に触れそうになり、だがそれは許されないことなのだと思い直して手を引いた私の姿は、悲しいくらい滑稽だっただろう。
 私達の距離は異常なほど曖昧で、その曖昧さを保ったまま、私は十三回目の戦いの中に身を置くこととなった。
 十三回目の戦いの中に、カインの姿はない。

「カイン」
 孤独な声が、反響する場所も見つけられないまま暗闇に吸い込まれて消えていく。
 と、唐突に、微かな吐息にも似た声が聞こえ、振り向いた。
「ああ、お前は……」
 そこに居たのは、カインのイミテーションだった。イミテーションは、声を上手く発することができない存在なのだ。
 硝子のように透き通った肌は人間とは程遠く、ぬくもりの欠片も見当たらない。手を伸ばして触れた頬はひんやりと冷たくて硬質で、無機質な手触りはクリスタルに似ているような気がした。
 彼とは似ても似つかないのに、似ている部分を探してしまう。
「――――……―――……」
 イミテーションが、何か言葉を発している。声はとても聞き取りづらくて、何と言っているのか、耳を澄ましても分からない。
 イミテーションが悲しげな顔をしているように思え、囁きに耳を傾け続けた。
 兜を持ち上げてずらすと、イミテーションの体が微かに震える。
「……ゴ……ルベー、ザ…………さ……ま…………」
 瞳がない、表情もないはずのイミテーションの瞳が、濡れて揺れている。
 ぞくり、背を駆け抜けた感触は何だったのか。
 抱き寄せても虚しいだけだと知りながら、冷たい背に手を回さずにはいられなかった。



End


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