部屋に入るなり唐突に響いた何か固い音に、ゴルベーザは首を傾げた。
見れば、ベッドに腰掛けたカインが、膝に置いたやたら分厚い本をめくっている。
音は、ページを繰る手とは反対の手に握られた林檎から発せられたようだった。
眉根を寄せ、口をもぐもぐと動かしながらカインは林檎を咀嚼する。
彼はゴルベーザの視線には気が付かず、本の文字をひたすら追いかけ続けていた。
カインが、大きく口を開いて林檎をかじる。
果汁によって濡れた唇が光り、その光景に何故か胸が高鳴った。
引き寄せられるようにカインに近づき目の前にしゃがみこむが、それでも彼はゴルベーザの方を見ない。
体のどこかに隙間が空いたかのように思え、それを埋める為に彼の唇に舌を這わせた。
ふ、と息が触れ、ようやく視線が絡み合う。舐めた林檎の果汁が酷く酸っぱくて、ゴルベーザは思わず顔をしかめた。
「この林檎はこういう味なんだ」
味に驚いていたのを見透かされたらしい。カインは、
「俺は好きだよ。ちょっと変わってるけどな」
と言って小さく笑った。
青い瞳がこちらを見つめる。
その澄んだ瞳が愛しくて、そっと目蓋に口づけを落とした。そのまま首筋を緩く食む。
「俺は今、読書中なんだが」
「知っている」
「本が、読めない」
「分かっている」
「林檎を、食べられない」
「そうだな」
「…林檎に妬いているのか」
彼の問いを流して、ベッドに押し倒す。
シャツをたくし上げ、胸元に唇を寄せた。
「本に、妬いて、いるのか」
片方を舌で転がし、もう片方を指でつまむ。膝に在った本が床に滑り落ち、震える手から林檎が転がった。
頭を押し退けようとする手には力が入っていない。
ゴルベーザの腹に、固いものがあたる。
その熱い感触に、ぞくりと肌が粟立った。
「勃っているぞ」
「…うるさ、い」
「溜まっていたんだろう」
「……さあな」
「どれ位、お前を抱いていないと思う」
「数える気にもならないな」
「お前があの分厚い本を読みだしてから、抱いていない」
「やっぱり本に、妬いて…いるのか…」
服を下げ、転び出したものを頬張った。
「…う…っ」
吸い上げながら後ろにも指を這わせる。
切なげに掠れた声が、カインの口から溢れ始めた。堪らない気持ちで、ゴルベーザは茎に舌を絡める。
「あ、あ…あ…ぁ…っ」
垂れた唾液を塗り込め、ゆっくりと指を一本挿し込んでいく。
ずり上がって逃げようとする腰を捕まえ、引き抜いては突き入れる、という動作を繰り返した。
熱く締め付けてくる内壁とカインの荒い息に、軽く目眩を覚える。
「ゴルベー…ザ……ッ」
顔を手で覆い隠して、カインが呻く。
「…い……っ」
口腔に温い液体が流れ込んでくる。余さず吸い出すと、ごくりと飲み干した。
「…溜まっていたんじゃないか」
言葉と共に指を増やすとあえかな悲鳴が聞こえた。
「私は、お前が本を読んでいる姿を見る度に妙な気分になって」
秘部を指で貫いたまま、片足の膝裏に手をかけて自らの肩にかける。
潤んだカインの瞳と目が合った。
「お前が私の方を見ようとしないことに酷く腹が立って」
「それ…を…嫉妬と呼ぶんだ…!」
指を抜いて、自らの前を寛げ、猛りを捩じ込んだ。
「あ……っ!」
カインの指がシーツを握り締める。
きつく締め付けられて、ゴルベーザは歯を食いしばった。
「力を抜け…カイン」
「……う、ぅ…」
「カイン」
「この、焼きもち焼き…っ!」
睨み付けてくる目元が朱色に染まっている。
「でかい図体をしている…くせに…、まるで子供…だ……っ」
「どうも私は、お前のこととなるとどうしても自分を抑えることができなくなるらしい」
もう片方の足も肩にかけると、カインの耳元に囁く。
「……お前とずっとこうしていられたらいいのに」
「……ゴルベーザ」
「何も考えずに、傍にいられたら」
カインの体から力が抜け、シーツを握り締めていた手がゴルベーザの髪を撫でた。
「早く、動け…」
に、と唇の端を上げる。
無理に笑おうとしているのだろう。眉尻は下がり、瞳は今にも泣き出しそうに揺れていた。
不遜な口調で彼は言う。
「俺が…何も考えられないようにしてやる」
噛みつくように口づける。林檎の香りが頭を痺れさせる。
彼の手のひらをシーツに縫いとめ、彼をひたすら貪った。
目の前の彼しか見えない。
その白い肌に、青い瞳に、甘い喘ぎに、何も分からなくなる。
この穏やかな日々が永遠に続けばいいのに。
クリスタルも、血生臭い日常も、遠い世界のものになればいいのに。
この青い瞳が、こちらを見つめている。
それだけで、他にはもう何も要らない。
そう言ったら、彼は困ったように笑うんだろうか。
それは一時の気の迷いだ、と。
End