殺したくないと思う気持ちは、本物だった。
 だが、彼を殺したいという気持ちもまた、本物だった。

「……殺せって、言ってるのに」
 牢に監禁され鎖に繋がれている者とは思えぬほど明るい声で、青年は話し始めた。
「俺を殺しちまえば、エブラーナの血は途絶える。……おめぇの目的は、『エブラーナを落とす』ことなんだろ?俺が死ねば、全て終わる」
 小首を傾げ、彼は目を細めて微笑む。子どもっぽい仕草だった。
 手首に繋がれた鎖が、金属音を響かせる。
「ルビカンテ。早く……俺を殺せ」
 もう何度目かも分からない言葉を口にして、
「首をたたっ斬ってくれてもいい。胸を刺しても構わない。勿論、おめぇお得意の炎でもいい。とにかく、早く俺を殺せ」
 薄い胸が、上下していた。頼りない防具の下にある肌は白く、酷く脆そうなものに見えた。
 捕らえた直後は暴れていた彼だったが、じきに逃れることが出来ないと悟ったらしく、牢の床に静かに腰掛け、壁にある小さな窓を見上げているだけの日々が続いていた。
 銀の髪にそっと触れた。彼は目を見開き、けれど、嫌がる素振りは見せなかった。
「……あちい、手」
 眩しいものを見るような眼差しで、彼は少しだけ笑った。
「そのまま、火ぃ出せよ、火」
 私は首を横に振った。
 エブラーナの民を想う気持ちが理解出来ないわけではない。彼の意見が間違っているわけでもない。
 ただ、彼を死なせたくない一心で、私は彼の言葉に首を振った。
 口元を覆う布を下げると、ぴくり、彼の体は小さく震えた。あまり見る機会のない唇は薄くて上品そうに見えるのに、一旦口を開くと驚くほどお喋りになる。

『好きってことなんでしょう?』

 バルバリシアの声が、頭の中で響いた。数日前に投げかけられた疑問だった。私は、それに答えることが出来なかった。
 『好き』という感情が分からなかった。これが恋であるというならば、何て虚しい感情なのだろうと思った。
 心は、まるで炎のような熱さを持っている。だが、この想いは決して成就しないと言うことを私は知っていた。
 最初は、彼をすぐに始末してしまうつもりだったのに。日に日に膨れ上がっていく感情が、それを許さない。
「……殺すつもりがねえなら、もう、触るな」
 痛い表情。胸の奥が、焼けついてしまいそうなほど熱くなる。
「俺は……ただ、守りたいだけなんだよ」
 吐き捨てるように言い、
「あいつらは家族みたいなもんだから……俺が、守ってやるんだ。守れなかった、親父とお袋の分まで、俺が」
 だから殺してくれ――――と、緑の瞳が私を射る。
「お前は、本当にそれで満足なのか。私に殺されることで、お前は幸せになれるのか」
「ああ」
 手に、火を灯す。彼は笑っている。
 嫌気がさすほど真っ青な空が、小窓越しにこちらを覗いていた。



 End


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ルビエジ