「見つめているだけでは伝わらない」
 眉根を寄せながら席を立ち、カインは呟いた。
 テーブルを挟んで正面にいるゴルベーザはといえば、無表情でカインと空のスープ皿を交互に眺めている。
 カインは困り果てたような顔をして、ゆっくりと席についた。
 ゴルベーザが、
「……お前が何を言っているのか、分からん」
 と口にすると、カインの顔色は、さあっと曇った。
「ゴルベーザ……」
 朝日が眩しい。カーテンが揺れ、小鳥の甘いさえずりが聞こえてくる。
 カインは小鳥の声に耳を傾けながら、もう一度「ゴルベーザ」と呟いた。
「……モンスター同士であれば、瞳で語ることも可能なのかもしれない。けれど俺たち人間は、瞳だけでは不十分だから、言葉を交わさなければならないんだ」
「…………思念波は?お前に話しかけるときは大抵思念波で話しかけているが、それでも不十分なのか」
「不十分だ」
「何故」
「思念波を送る相手といえば、俺くらいのものだろう?それじゃあ駄目なんだ。それじゃあ、お前が他の人間と意思疎通する日は永遠に来ない」
「来なくていい」
「駄目だ」
「何故」
「ゴルベーザには友達が必要だと、俺は思う」
「…………トモダチ?」
「トモダチだ」
 カインとゴルベーザの会話は間断なく続いた。
 合間合間に飲み物を口にして、ひたすら見つめ合い、話し続ける。
「何故、トモダチとやらが必要だと思うんだ」
 しばらく続いた会話の中で放たれたゴルベーザの一言に、カインの唇が止まる。
 カインが口ごもっているのを見て“勝った”と思ったのか、ゴルベーザの薄紫の瞳に、珍しく子どもっぽい色が浮いた。
 細い顎を掬い上げ、カインに問う。小さなパンくずのついた下唇を親指でなぞり、
「どうした?」
 わざとらしい仕草で、瞳を覗き込んだ。
 どうして良いのか分からず、カインは視線を逸らす。
「――――これからは、この星で暮らしていくんだから……その……どうせ暮らしていくなら、仲良く楽しく暮らしていく方がいいと思って……俺はだな……あの」
 睫毛を震わせながら、カインは答える。睫毛だけではなく、声も震えていた。
「顔が真っ赤だぞ」
「う、うるさ」
「仲良く楽しく、というのは確かに悪くはないが」
 その言葉に、カインの顔が綻ぶ。
「だろう?だから、だからだ。色々な人と会話して――」
 ゴルベーザの親指が、カインの耳朶を撫でた。それがとてつもなくいやらしい手つきだったために、カインは何も言えなくなってしまった。
「私は今、十分楽しいと思っているぞ。仲良くもしているしな」
 立ち上がり、ゴルベーザがカインの傍にやってくる。
 口をぱくぱくとさせたまま、カインは“邪悪な顔つき”をした男を見上げていた。
「……それともお前は、もっと仲良くして欲しいのか?」
「ひ……っ」
 首筋をきつく吸われる。
「朝食が、冷める……!」
「お前のスープ皿も私のスープ皿も空で、残っているのはパンとサラダだけじゃないか。問題ないだろう?」
「……お前、空のスープ皿を見つめていたじゃないか!おかわりが欲しかったんじゃないのか……!?」
「ああ、それで急に妙な事を言い出したのか。私が欲しかったのは、スープじゃない」
 え、という表情でカインは固まり、視線を下にやった。服を脱がされ始めていることに気づき、ぎゃっ!と小さな悲鳴をあげ、目を白黒させる。
「…………そうだ。見つめているだけでは伝わらないんだったな」
「いや、あの」
「違うのか?」
「違わないが、あの」
 金色の髪をかき上げ、ゴルベーザはカインの耳元に唇を寄せる。
「抱くぞ」
 すでに半分脱がされている状態でその言葉を言う意味はあるのか、とか、俺に拒否権はないのかとか、昨夜もしたばかりじゃないかとか。
 様々な思いがカインの脳裏を過っていったが、ゴルベーザが「お前は私の友達であり家族であり恋人だ。私の友達は、お前だけでいい」なんてことを口にしたので、細かいことはどうでもよくなってしまった。
 ――――ああ、朝日が眩しい。




End




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ゴルカイ