苛立ちがやまない。
カインがセシルを殺すことに失敗したからかと思っていたのだが、そうではないようだ。
行き場のない感情が、胸の底で渦巻いている。それは、どす黒い色をしていた。
「……怯えているのか」
青い瞳を揺らしながらこちらを見上げているカインの顔は、ファブールで一瞬見せた戸惑いの表情は消えていたが、代わりに、悲痛な雰囲気を纏っていた。
殺される、と思っているのかもしれない。床に転がっている兜が、酷く憐れに見えた。
乱れた金の髪、かさついた唇。泳ぐ瞳。
「…………ゴルベーザ、様……申し訳、ありません……」
言ってから、跪いた。
心の中を覗いてやろう、と思う。頭に手を伸ばすと、大きく肩が震えた。
手触りの良い髪に、指を差し込む。
――……ゴルベーザ様、ゴルベーザ様……
彼は、心の中でも私の名を呼んでいた。その事実に驚く。
――申し訳ありません、ゴルベーザ様……
「……カイン」
――……どうか、俺を見離さないで下さい……どうか……
床に滴る涙の雫。
あまりに切なすぎる彼の心情に、カインを抱きしめようとした。
途端。
――俺には、セシルを殺せない……だって、あいつは俺の、たった一人の――
頭に血が昇る。
気づけば思わず髪を掴み、頭を上向かせていた。
「私に捨てられることが、そんなに恐ろしいなら――」
頬を、新たな涙が伝う。
途方に暮れる彼の表情は、とても美しいものに見えた。
「後で、私の部屋に来い」
***
私のものをそっと握りながら、先端をちろちろと舐めている。眉をしかめ、伏し目がちに。
奉仕させるのは初めてのことではないのに、カインはまるで、これが初めて、というような顔をする。
濡れた音。快感はあまりない。ただただ、拙い動きに煽られる。
「……もういい」
ぐい、と頭を引き剥がすと、唾液が糸をひき、ゆっくりと垂れた。
「足を開け」
部屋に入るなり服を脱ぐように命じたから、彼は裸だ。反対に私は服を身につけている。だから、余計に恥ずかしくて堪らないのだろう。分かっていて、命じる。
「床に寝て、足を開け」
洗脳で彼の全てを支配してしまえば、躊躇わずに足を開くのだろう。
だが、私はそれをしなかった。
全てを支配してしまえば、カインが時折見せる笑顔が消えてしまうことを知っていたから、どうしてもできなかった。
「……はい、ゴルベーザ様……」
薄い唇が、唾液に濡れていた。奉仕の名残か、少しだけ赤くなっている。
床に横たわった瞬間、カインは小さく悲鳴をあげた。想像以上に冷たかったのだろう。ぎゅっと目を閉じ、足を開いた。
膝裏を持ち、のし掛かる。
準備をしてやる気はなかった。
「ゴルベーザ様、無理です……!」
無理は承知の上だった。無理だから、するのだ。
暗い感情が胸の中を支配する。
「お止め下さいっ!」
逃れようとする体を力だけで押さえつけて、先端を押しあて、狭い中に入り込んだ。
「ひあああぁっ!」
嫌な音がした。滑った感触に、切れてしまったことを知る。口をぱくつかせながら、カインはひゅうひゅうと喉を鳴らしていた。
カインが脱いだ服を拾い上げ、それで手首を縛る。
どうしてこんなことを、と言いたげな瞳でこちらを見上げてきたので、「これは罰だ」と私は笑った。
彼が感じているであろう痛みなど気にせず、律動し始める。呻きとも喘ぎともとれる声を出しながら、彼は身を捩っている。
彼のペニスは立ち上がっていて、それを見て、また私は笑った。
「……犯されて、感じるのか」
「ゴル……ベーザ……様、ぁ……っ」
「……淫乱め」
彼を傷つける言葉なら、幾らでも口から溢れてくる。なのに、笑顔を見たいと思うだなんて、なんて馬鹿げているのだろう。
痛めつけられても感じるように仕向けたのは私だ。
そうだ。全て、私が仕組んだことなのに。
「……も……しわけ、ありま……せ……」
そんな言葉が欲しいわけではなかった。
縛りつけたいわけでもなかった。
ただただ、私一人を見ていて欲しいと思う。私は知っていた。これは嫉妬なのだと。
達しそうになっている彼のものを、指で戒める。
「あ、ああぁ……っ!」
放してくれ、と懇願する彼を無視し、私は自分本位で動き続ける。
これは、誰に対する罰なのだろう。
彼への?それとも、私への?
「……いかせ、て、ください……っ」
びくん、と跳ね、カインは涙を零す。型に填まった反応だ。“洗脳されている者の反応”。
そう、これは、彼自身が持つ言葉ではない。
本物の彼は、こういう時どんな反応をするのだろう。
この青い瞳で、私を射抜くのだろうか。
――殺すほどの、勢いで。
***
唐突に現実に引き戻され、俺は目を見開いた。
自由にならなかった筈の体が、いう事をきく。これは一体、どういうことなんだ。
下半身に走る痛みと甘い痺れに、俺は小さな悲鳴をあげた。手首は戒められていて、動かすことができない。
俺は、ゴルベーザの僕となっていた。僕となり、クリスタルを奪う手助けをしていた。意識を失っていたわけではなかった。むしろ、本当の自分を手に入れたような気すらしていた。
この男の側にいると、何が善で何が悪なのか分からなくなってくる。
「これ位のことで、お前の心は満たされるのか」
俺は嗤った。手首の戒めがきつくなる。
「体を支配して、それで満足なのか。俺は、お前に屈しない。お前の玩具にはならな……い……っ……!」
腰を掴まれ、揺すぶられる。舌を噛みそうな勢いと、下半身を襲う痛みと、それから目も眩むような快楽に溺れそうになりながら、俺はゴルベーザの腕を掴んだ。
男の腕に、引っかき傷ができる。爪を食い込ませながら、俺は歯を食いしばった。強引に口づけられ、その舌に噛みついた。
途端、口内に拡がる血の味。
この味こそが、俺達の関係を表しているように思えた。
「…………っ!」
腹の中に、熱いものが流れ込んでくる。
同時に、血混じりの唾液が唇の端から流れて落ちた。
「……私は……」
荒い息を吐きながら、ゴルベーザは俺の目を覗き込む。
「お前の体に興味を持っているわけではない。……お前なぞ、ただの捨て駒に過ぎんのだからな」
思わず、ゴルベーザの頬に指を這わせる。悲痛な微笑みを湛えている、その顔に。
なあ、ゴルベーザ。
俺が“ただの捨て駒”だと言うなら、そんな顔はしないでくれ。
何が善で何が悪なのか、余計に分からなくなってしまうから。
End