「黒竜の様子がおかしい?」
 言いながら、カインは眉根を寄せた。
「……どう、おかしいんです」
 ベッドに横たえていた体を起こし、ベッドに腰かけている私の手に触れてきた。
 シーツが捲れ、白い裸体が露わになる。その姿にどきりとしたが、平静を装って私は黒竜を呼んだ。
 紫色の光が瞬く。
 現れた黒竜は宙に浮いておらず、長い体を地面に横たえていた。その瞳には光がない。
 ルゲイエに診せたのだが、分からない、という。結局、原因は不明のままだ。
 竜騎士であるカインになら、何か分かるかもしれない。そう思い、この話を彼にしてみたのだった。
 体を床に投げ出している黒竜を見て、彼は息を飲む。シーツを掴んで適当に腰に巻き付け、彼は黒竜へと駆け寄った。
「どうしたんだ」
 本当に、竜のこととなると顔色を変える。
 黒竜の頬に手を添えて、喉元をするりと撫で上げた。
「カイン。それは警戒心が強い。何をするか分からんぞ」
「ええ……十分承知しております」
 警戒心を剥き出しにして、黒竜が唸る。部屋に暗い空気が満ちた。
「……どこか、痛むのか?」
 小さな声で訊いたカインの言葉を無視し、黒竜が尾を振る。危ないと思った時には遅く、彼は白い背を叩かれていた。小さく呻く。
「カイン!」
 離れろと言おうとした私の目を見て、彼は首を横に振った。
「これでいいんです」
 背には、叩かれた痕がくっきりと残っていた。太い鞭で叩かれた痕に似ていた。
 再度大きな破裂音が響き、新たな痕が背に現れた。今度は、カインは呻き声一つあげなかった。
「痛いんだろう?どこだ?」
 カインが囁けば、黒竜の瞳に少しだけ光が宿る。先程より柔らかな調子で、微かに啼いた。
 こくり、とカインが頷く。
 黒竜の口元を撫で、両手で口を開かせる。口腔を覗き込み、歯列をなぞった。何かを探しているようだ。
 部屋を静寂が支配する。一人と一匹の間には、入り込むことができない何かがある。私は息を潜めながら、彼らを眺めていた。
 カインの手元で、きら、と一筋の光が走った。
「……これが原因ですね」
「…………針、か?」
 銀色に輝く細長いもの。私は目を凝らし、その手元を見つめた。
「針ではありません。針によく似た草なんです」
 黒竜が啼き、カインの首筋をぺろりと舐めた。甘える仕草だ。くすぐったそうにしながら、カインは黒竜の頬に頬を擦り寄せた。
 竜の傍にいるとき、カインは優しい顔をする。心から竜を愛しているのだろう。何故か、複雑な心持ちになった。
「竜が好む草の周りに、ごくたまに生えていることがあるんです。それで、間違えて食べてしまったんでしょう」
 首筋を這っていた黒竜の舌が、カインの背にまわる。二つの傷痕を舐めている。カインは、といえば、ただただ苦笑していた。
「突然触れられて不快になるのは当然だ。傷を負っているときであれば、尚更。だから……気にするんじゃない」
 口にしながら、ちらり、青い瞳がこちらを見る。金色の睫毛に縁取られたそれが柔らかく笑んだ。
 黒竜が、カインの体を守るように包み込む。
 漆黒の鱗に頭をのせて、彼はゆっくりと目蓋を閉じた。
「……カイン?」
 すう、と寝息が響く。
 よくよく見てみると、彼の額には汗が浮いていた。何でもないといった顔をしながら、黒竜とのやりとりに緊張していたのかもしれない。
 黒竜を戻してカインをベッドに運ぼうと思ったのも束の間、カインが黒竜の体を強く抱きしめたので、それは不可能になった。
 カインが体に巻いていたシーツはぐしゃぐしゃに乱れて彼の足に絡まっていて、シーツの役目を果たせていない。
 棚から一枚のシーツを取り出し、そっとカインの体にかける。一瞬躊躇った後、黒竜の体にもかけた。黒竜も、いつの間にやら眠ってしまっている。
 たまには一人で寝るか、と思う。
 明日は背の傷の手当てをしてやらねばな。
 金の髪を梳く。カインが小さく笑い、つられて私も微笑んだ。



 End


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