鳥の声がする。
木々が、優しく葉を揺らしている。
花のにおいが、鼻腔をくすぐっていく。
木漏れ日を見上げながら、カインは膝枕の主をそっと見上げた。
「…………ゴルベーザ」
カインは、ゴルベーザに膝枕されている。木漏れ日のあたたかさに微かな眠気を覚えながら、カインはもう一度その名を呼んだ。
「ゴルベーザ」
ゴルベーザは手元の本に視線を落としたまま、カインの方を見ようともしない。彼は昔からこうだ。一つのことに没頭すると、周りが一切見えなくなってしまう。
たまには外で昼食をとろう、と家の近くにある草原までやってきて、サンドイッチを食べ終えたまでは良かった。だが、食事を終えた途端ゴルベーザはカインの頭を自らの太腿に押し付け、本を読み始めてしまったのだった。
どこか子どもっぽい、面白くない気持ちになりながら、カインはゴルベーザの服に顔を埋めた。
(ゴルベーザは、何の本を読んでいるのだろう?)
本には黒いカバーがかかっていて、タイトルも作者も分からない。
(ゴルベーザが読む本……魔法関係の本だろうか?)
そういえば、ゴルベーザは『白魔法を使えるようになりたい』と言っていた。もしかしたら、白魔法の勉強をしているのかもしれない。
だとしたら、邪魔をするわけにはいかなかった。
(よし、周囲の見回りに行こう)
今は赤い翼の休憩時間だ。そして、休憩時間はあと半時間ほどある。休憩の間中こうしてごろごろと横になりながらゴルベーザの読書の邪魔ばかりしているのも、おかしい気がした。
勢い良く身を起こす。
さて今度は立ち上がろう、としたその瞬間、手首を掴まれ思い切り引かれ、もう一度ゴルベーザの太腿に寝っ転がる羽目になった。
「な……っ!?」
腕を引いた主は、何事もなかったかのように本の文字を辿っている。
「ゴ、ゴルベーザ! どういうつもりだ!」
「……お前こそ、どこへ行くつもりだ?」
ゴルベーザが初めて口を開いた。薄紫色の瞳が、やわらかく細められている。
「ど、どこって……周囲の見回りに……」
「休憩時間はまだ終わっていないだろう?」
「ああ。……だが、お前の読書の邪魔をするのも、と思って」
「邪魔ではない。だから、私の傍にいろ」
カインの頭を太腿にぐいと押し付けて、
「お前が傍にいないと、落ち着かない」
カインの心臓が早鐘を打つ。顔色一つ変えず恥ずかしい言葉を口にする男を見上げているカインの顔は、これでもかというほど真っ赤だった。
仕方なく――――鼓動の速さを気取られませんようにと唇を噛み締めながら――――寝転がり、先程から気になっていたことを問うてみた。
「……ゴ、ゴルベーザ。お前、さっきから何の本を読んでいるんだ? 魔法か何かの本か?」
「ん? いや、これは……」
珍しく口籠ったゴルベーザを不思議に思いながら、カインは首を傾げた。
「もしかして…………いやらしい本か何かか?」
「それはない」
「じゃあ何なんだ?」
「……それは……」
とうとう観念したらしい。本をカインに手渡し、「もう少し黙っているつもりだったんだが」とゴルベーザは苦笑した。
開かれたページには、指輪の絵がずらりと並んでいる。それは、紛うことなき結婚指輪の本だった。
カインは絶句し、ゴルベーザの顔を見た。
「青き星の人間は結婚する時指輪を交換し合うのだ、とセシルに聞いた。……私は、お前と結婚したい」
口をぱくぱくさせたまま、カインは何の言葉も発せずにいる。
もしかしてウエディングドレスを着たりするのか、とか。二人ともタキシードを着ればいいのか、とか。ああ鎧で式を上げればいいのか、とか。
色々なことが頭を駆け巡ったけれど何一つ口にできぬまま、カインは小さく頷く。
優しい口づけが、カインの額に降ってきた。
End