年に一度。たった一度だ。



「…………久しぶりだな」
 見上げた先にいたのは、炎のにおいを纏う大きな男だった。
「……ああ、久しぶりだな」
 男の背後には、淡く輝く月がある。それを彩るように、星々がきらきらと光っていた。
 足元の草が、近くにある樹々が、風に吹かれて小さな音をたてる。
 大きな体を屈め、男は微かに目を細めた。
「この一年、変わりなかったか? また何か無茶なことはしていないか?」
「ったく……おふくろじゃねえんだから。変わりねえよ。無茶もしてねえ」
「それは良かった」
 七月七日。月と星がきれいな夜に、この大男は現れる。
 彼が現れるようになってから、もう四年の月日が流れていた。
「毎年毎年飽きねえなあ、おめぇも」
「そうだな」
「もう四年目だぜ? ……そろそろ、おめぇの『願い事』の効力が切れてもいい頃だ」
『願い事』。
 それは、ルビカンテが生前かけていた『まじない』のことだった。
 ルビカンテは、一年に一度は俺に会えるようにと、よく分からないまじないを俺にかけていた――――らしい。
 ルビカンテが何故そんなまじないをかけたのか、なんてことは訊いたこともなかったけれど、『一年に一度は俺と決闘できますように』って意味でそんなまじないをかけたのだろう、と俺は考えていた。
「よし、夜が明けるまでにやんなきゃな!」
 俺が刀を構えると、ルビカンテは苦笑した。
「……血の気の多い男だ」
「ん? やんないってのか?」
 不満気に言うと、ルビカンテは手を前にかざした。炎が、手の中に集まってくる。
「いや、本気でやらせてもらう」
 ルビカンテの目は、殺意に満ちていた。
 橙色の炎が、その瞳を揺らしている。
「へへっ、そうこなくっちゃな!」
 放たれた炎を避け、跳躍する。間断なく飛んでくる炎をすれすれのところでかわしながら、手裏剣を投げた。

 稽古なら間に合っている。色々な人間と、毎日のように手合わせをしている。
 凶暴な魔物の残党と戦うことだって、珍しくない。
 そう、戦いは珍しいことでもなんでもないのだ。それなのに。
 それなのに、胸が躍る。

 大声を出したい気分になって、口元の布をぐっと下げた。
「――――おめぇだけだよ! 俺をこんな気持ちにさせるのは!」
 ルビカンテが、目を丸くする。
「来年も、再来年も、じじいになっても、俺はおめぇと戦い続けるからな! 覚悟しとけよ!」
 立ち昇った火柱をひょいと避け、ルビカンテの返事を待つ。
「望むところだ。……だが、まじないの効力がそれまでもつかどうか……」
「じゃあ、俺がそのまじないをおめぇにかけてやるよ! じじいになっても逢えますように、って! ずっとずっと逢えますように、って!」
 ルビカンテの目が、もっともっと丸くなる。
 その顔がおかしくて堪らなくて、俺は思わず大声で笑った。


 End