きいん、と金属音が響いた。
「……セオドア、集中しろ。何をぼうっとしているんだ。俺がモンスターだったら、今の一撃でお前は死んでいたぞ。
ほら、このままだと、お前の背は壁についてしまうぞ。追い詰められてしまう。俺の隙をつけ。よく見るんだ。
……え?いや、誰にだって隙はあるさ。勿論俺にもな。何でもこなしてしまうお前の父親にだって、隙はある。うん。そういうものだ。
――――ああ、もう、また。いったいどうしたっていうんだ?全く身が入っていないぞ。『俺を殺すつもりでかかってこい』と、いつも言っているだろう?
仕方がない、少し休むか。……ほら、頬から血が出ている。本番では、こんな可愛い怪我では済まないんだぞ。
って、何故頬を赤くしているんだ?セオドアお前、近頃様子がおかしいぞ。昨日も、俺に真面目に切りかかってこなかったな。真面目に斬りかかってこいとあれほど――――
え?何だって?もう一度、言ってみろ。俺の耳がおかしくなってしまったのかもしれん。
え?……ああ、うん。やっぱり、俺の耳はおかしくなってしまっているらしいな。今、『好きな人に斬りかかることなんてできません』って聞こえたような気がするんだが、気のせいか?
ああ、気のせいじゃないのか、そうか、うん、そうか……はは、ははは。お前もか、そうか。…………。
……そうかお前、セシルの昔の日記を読んだのか。何て書いてあった?俺への気持ちが書かれていた、か。それはまた、とんでもないものを見てしまったな。ローザが見たら引っくり返るぞ。
そうだ。お前の父さんは、昔、俺のことが好きだったんだ。とんでもない話だが、俺のことを女と勘違いしていた。まだほんの幼い頃のことだ。すぐに、誤解は解けたがな。
まさか、お前まで俺のことを女と勘違いしているわけではないだろう?何故、俺のことを好きだなどと…………『父さんの日記を読んで、恋心を自覚した』?
恋心、か。恋心。
そういえば、セシル以外にも俺のことが好きだと言ってくる奴がいたな。そいつも、その時はお前と同じ“王子”だった。音もなく人の寝所に忍び込んでくるから、夜は気が抜けなかったな。奴の名誉のために、名前は伏せておくが。
――いや、好きでもてているわけではない。そもそも、男ばっかりじゃないか。
お、おい、セオドア。何を泣いている。何も、泣くことはないだろう。
俺でなくても、もっと素敵な人間は沢山いる。俺以外の者を探せばいいだけだ。今は胸が痛むかもしれないが、それもしばらくの間だけだろう。おそらくな。
胸の傷は、時間が癒してくれる。だから、泣くな。……酷い顔になっているぞ。鼻水を拭け、鼻水を。
子ども扱いするなと言われても、お前は子どもなんだから仕方がないだろう。お前はお前らしくあればいい。気取る必要はないさ。
……それにしても、どうして俺は男にばかり好かれるのだろうな。好かれるということは、悪いことではない。悪い気もしない。けれど、限度があるだろう。そういえば、ゴルベーザだって――――……あ。
いや、気にしないでくれ。聞かなかったことにしてくれるか。……伯父さん……そうだな、お前にとっては伯父さんだったな。
あいつにだけは、流されてしまったな。何故だろうな。あいつの手を、振り切る気が起きなかった。逃げようと思えば、逃げられたのに。
あいつと俺は、どこか似ていたからかもしれん。まあ、振り切るまでもなくあいつは遠くへ行ってしまったが。
…………ん?……そうだな……好き、だったのかもしれん。俺の胸にあった感情に名前をつけるとしたら、それは、“好き”という名前だとは、思う。
会いたいと思わないわけではないが、俺が……いや、俺がゴルベーザについて月へ行くのは何か違うと思ったし、ゴルベーザが俺の傍に残るというのも何かが違ったんだ。
“別れる”ということが、俺達にとって一番良い答えだったんだよ。大人ってのは面倒なもんで、そういうことも、ある。
もう、擦るな擦るな。目蓋が腫れるぞ。……そうだ、布でそっと押さえるだけにしておけ。でないと次の朝、悲惨なことになるからな。
――今日はもう、練習にならなさそうだな。少し早いが、夕飯にするか?温かいものでも飲んで、ゆっくりするのが一番だ。
ほら、笑え。無理にでも笑え。笑っている方がずっといい顔をしていると俺は思うぞ。
お前の父さんも伯父さんも、それからお前も、自分の中に抱え込みすぎるんだ。この際、言いたいことがあるなら全部言ってしまえばいい。……俺も抱え込みすぎる傾向にあると、最近気がついたがな。
抱え込みすぎると、ろくなことがない。そんな単純なことに、この歳になって気づくなんてな。少しばかり遅すぎたかもしれん。
…………よし、行くぞ。たまには二人で町の店にでも食べに行くか。こら違う、酒場じゃない。酒場に行くにはまだ早いだろう。行ってもいいが、頼んでいいのはミルクだけだ。
どうせなら、色々な話をしよう。例えば、お前の名前の由来とか、な」
End