硬く乾いた音。
落下した闇のクリスタルが、地面でくるくると回った。
きつい術をかけられた体が、その場にくずおれる。
危うい手つきで兜を取り去り、彼は私の顔を見上げた。
「……ゴルベーザ、様…………」
分からなくなった。
私が本当に欲しがっていたのはどちらだっただろう?
私は何を手に入れたいと思っていたのだろう?
幼い頃から、一人で月を見つめていた。頭の中の声に従うのが当然のことなのだと思っていた。私はいつも――――独りだった。
くるくると回っていたクリスタルが、その動きを止めた。
ぼやけた記憶を辿る。きっと私にも親という存在がいたのだろう。霞んだ頭にうっすらと浮かぶ影がある。けれどそれは理解できるほどの形にはならなかった。
小さな存在を抱いた記憶があった。けれどそれも一瞬で消え失せてしまった。大切な存在であったはずだった。手放してはならない存在のはずだった。
分からない。理解ができない。手をすり抜けて消えてしまうもの達はあまりに儚く、甘くあたたかなにおいはあまりに遠かった。
切れ長の目を大きく開いて、カインはゆっくりと瞬きをした。
「ゴルベーザ様、どうして……」
彼の声が心地良かった。いつまでも聞いていたいと思った。
「どうして……」
美しく煌めく瞳が、涙で揺れていた。いつまでも見つめていたいと思った。水面のようだと思った。
けれどこの声もこの瞳も、すぐに儚く消えてしまうのだろう。私がこの星を焼き尽くせば、この男の命も終わる。
何故、この命を消さなければならないのだろう。
考えた瞬間、殴られたかのように、頭が思い切り痛くなった。
あの塔で永遠を過ごせたら、と思わぬ日はなかった。カインを手放したくなかった。失いたくなかった。彼と過ごす毎日は、砂糖菓子のように優しかった。
『眠れないのですか』と私を気にかける彼が。
『何か食べないと体に毒ですよ』と苦笑して、私とともに食事をとろうと躍起になる彼が。
『寂しそうな顔をしていますね』と切なく微笑む彼が。
彼と長く過ごせば過ごすほど、その一瞬一瞬を切り取って閉じ込めてしまいたくなった。頭の中の声に従うのが怖くなった。
己の手が、私の意思を無視して動く。クリスタルに伸ばされようとしたそれを、必死で制した。
また、頭が痛くなる。がなりたてる声が大きくなり、それでもカインの目を見つめていたくて、深く深く息を吸った。
「…………カイン」
名を呼ぶと、彼は曖昧な表情で微笑んだ。胸に突き刺さるような表情だった。
私が本当に手を伸ばしたいのは、クリスタルではなくて。
縋る手が、こちらに伸ばされる。
膝をつき、手を引き寄せ、彼をきつく抱きしめた。
目頭が熱くなり、温いものが眦を伝っていくのを感じた。
「……ゴルベーザ様……? 泣いて、おられるのですか……?」
身を離し、カインは躊躇いがちな声で小さく言った。私の顔は兜に隠されて見えないはずだ。それなのに、彼は何故私の涙に気づいたのだろう。
「どうか……どうか、泣かないで下さい。俺はここにいますから」
確かに、今、彼はここにいる。けれど、砂糖菓子のような時間は、永遠には続かない。
「ずっと、あなたの傍にいます。だからどうか泣かないで……」
それは優しい嘘だった。嘘と知りながら、それでも、彼の手に、声に、縋りついていたくなる。
カインの流した涙が、地面にぽつりと跡を残した。
End