恐れられることには慣れていたが、笑顔を向けられることには慣れていなかった。
 私はモンスターなのだぞ、と言ったら、それがどうした、と彼はまた笑った。
「だっておめぇ、悪い奴じゃねえみてえだし」


 出会いは偶然だ。ゴルベーザ様に命じられてエブラーナ付近を調査しているときに、眠っている彼を見つけた。
 木の上ですやすやと眠っている彼は、まるで、よくできた彫刻のようだった。
 蒼い顔。
 一瞬死んでいるのかと思った私は、焦って、
「おい」
 思わず声をかけてしまった。
 青年が、目を見開いて飛び退く。地面に降り立った後、エブラーナ特有の武器を取り出し、私を見据えた。
 何というすばしっこさだろう。小さな獣のようだと思った。
 しばらくの間、私達は見つめ合った。彼を襲う気などさらさらなかったが、何故か彼から目を離しがたくて、その視線を受け止める。
 そうして沈黙が続いた後、彼は小さく首を傾げてみせた。
「……やーめた」
 武器を、懐にしまい込む。
 軽い足取りで、私の方に駆け寄って来た。
 にいっと笑う。口元に巻かれた薄布の下、彼の唇が動くのが分かった。
 あまりに無防備な笑顔に、頭の芯がじりじりと痺れた。
「何故笑う?……私はモンスターなのだぞ」
「見りゃ分かるさ」
 言いながら、木に飛び乗った。先程までと同じように、枝の上に跨がり、幹に背を預ける。
 目蓋を閉じて、彼は呟いた。
「だっておめぇ、悪い奴じゃねえみてえだし」
 笑っている声音だった。とても、嬉しそうだった。
 木の枝の上にいると、彼の目線は私と同じ位置になる。
 短めの銀色の髪が、夜風に靡いてとても美しいと思った。
「……何で、俺を起こしたんだ?」
 青白い顔をしていて、まるで死人みたいに見えたのだ。私は素直にそう告げた。
 彼は吹き出し、ちらりとこっちに視線をやった。
「それはよ、お月さんのせいだろ。今夜はよく晴れてるからな」
 成る程、確かに眩しいほどの月夜だった。
「変な奴」
 彼の言い方に、刺はない。
 静かな夜だ。
 ただ、月だけが痛いくらい全てに光を注ぎ、何もかもを蒼く染め上げている。
 ここを去ろう。
 そう思うのに、私はもう少し彼の傍に居たいと思う気持ちが大きくなっていた。
 ゴルベーザ様とルゲイエ以外に私を恐れぬ人間がいるなんて、本当に不思議な気分だったのだ。
「……見つめられてちゃ、寝るに寝られねえだろ。俺様に見惚れる気持ちは分かるが、野郎に見られたって嬉しくも何ともねえ」
 それは茶化した言い方だったが、正直言うと図星だった。
 私は、彼に見惚れていた。月光に照らされて輝く瞳に魅せられ、息をすることですら苦しい。
「……世の中、おめぇみてえなモンスターばっかりだったらいいのにな」
 彼の瞳は、月を見ていた。
「最近、モンスター達が凶暴になっていってるだろ?やらなきゃやられるから戦うけど、俺は本当は、殺したくないと思ってる」
「……何故だ?」
「殺しを好む奴らってのは確かにいるけどよ、俺は御免だ。モンスター全員を殺さなきゃならないんだとしたら、おめぇみたいなのも殺さなきゃならなくなる」
 悪戯っぽく笑い、
「おめぇみてえなモンスターは、好きだよ。俺を殺しにはこねえだろ?」
「…………ああ」
「なら、俺も殺さずにすむな。でよ、どうせなら……わ、わわ……っ!」
 バランスを失って、青年が落下する。それをすんでのところで受け止めて、目を白黒させている顔を覗き込んだ。
「大丈夫か」
「……こ、これくらい落ちても何てことなかったのによ」
 言いながら、小さく「サンキューな」と口にする。
 抱いてみれば、青年の体は驚くほど軽い。獣のような素早さの理由が、分かったような気がした。
「……ほんと、モンスター全員がおめぇみてえだったらいいのになぁ……」
 どきり、彼に聞こえてしまうのではないかと思うほど、心臓が鳴る。
 そんな私の心も知らず、彼は私の鼻をつつき、子どもじみた表情で微笑んだ。



 End


Story

ルビエジ