あの戦いから、どれ位の時間が流れたのだろう?
 暗闇、暗闇、暗闇。
 何も存在しない闇。誰の声もしない、一筋の光もない、上か下かも判らない、闇。
 私は果てない漆黒の中を、ただひたすら漂い続けていた。

――――やっぱり、死ねなかった

 思考をぐるぐると回しながら、思う。セシル達の力を持ってしても、私の魂を壊すことは出来なかった、と。
 死ねないことは知っていた。何故なら、私はアンデッドなのだから。愛しい者の腕の中で死ぬことすら許されない、空しい存在なのだから。
 今度ばかりは、ルゲイエの手にも負えないに違いない。それ位、私の肉体の損傷は酷いものだった。
 ふと、カイナッツォに謝りたかったな、と思う。

『……そんなに嫌なら全力で抵抗すりゃあ良かったんだ。何で、今まで俺の好きにさせてやがったんだ』

 彼の声が甦る。頭の中で再生されたそれは、酷く悲し気な声をしていた。
 抵抗など、出来る筈もない。
 だって私は、ぶっきらぼうな口調の中に潜む、お前の優しさを知っていたから。

――――カイナッツォ

 そっとその名を呼んでみる。声は虚空を舞い、反射することも無く、すうっと姿を消していく。もう、誰にも届かない。

――――カイナッツォ

 届かないと知っているのに、それでも呼び続けるしか術がなくて。

――――お前の優しいところが、好きだった

 どんなに私が跳ね除けても、カイナッツォはその手を伸ばし、私の手を掴んでくれていた。枯れた私の心に一滴の水を垂らしてくれたのは、彼だった。

――――お前の強引なところも、好きだった

 あの強引さが無ければ、私の心はかさついたままだったろう。

――――私は、お前のことが

 存在しない筈の胸が、ぎりぎりと締め付けられる。
 在りのままの私を包み込んでくれる、お前のことを、私は。

――――私は

 過去の話になど、したくなかった。
 もう一度だけでいい。彼と話し、笑い合い……彼の温かさを感じたいと思った。

――――カイナッツォ、お前に、会いたい

 目の前が、白く瞬く。
『戻って来い』……聞きなれた声が、耳を撫でた。
 黒い塊の中を突き抜けて、一面の白色の中に放り出される。彼の声が近づいてきて、私は思わずその名を呼んだ。
「……カイ、ナ…………ツ、ォ…………」
 潮の匂いがした。温もりに手を伸ばす。驚いている彼の目尻には、涙が浮いていた。
「…………心配、させやがって……!」
 涙を流せない私の体を、カイナッツォは抱き締めてくれる。
 力強い腕、ぬるついた指先。その全てが本物で、私は、肉体に魂が戻ってきたことを知った。
 涙交じりの声で、彼は呟く。呪詛のような、祈りのような、何とも表現し難い、感情を押し殺した声だった。
「お前を殺すのは、この俺だ……!他の誰にも殺させねえ」
 肩に、温かい雫が落ちてくる。彼は泣いているのか。私の代わりに、泣いているのか。
 こんな私の為に、お前は泣いてくれるのか。
「……すまなか、っ……た……」
 潰れた喉に力を入れながら、やっとのことで言葉を吐き出す。
 お前に殺されるその日を夢に見ながら、再度、私の意識は闇の中へと落ちていった。


End


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