彼の金色の髪は、私の母のそれとよく似た色をしていた。
朝目覚めて、窓辺に立つ彼の髪が風に靡いているのを見たとき、私の目は決まって勘違いをしたものだった。
もう二十年以上経つというのに、両親と過ごしたあの幸せな日常が戻ってきたのではないかと、寝惚けた頭が一瞬だけ錯覚を起こすのだ。
母さん。
呼ぼうとして、はたと気付き、シーツを手繰り寄せるのが常だった。
記憶の中の、窓の外を眺めていた彼が、こちらを振り向く。
煌めく金色と、空と同じ色をした瞳が、視界いっぱいに広がった。
『もう、行くぞ』
無表情で彼は言う。
透明な床をぺたりぺたりと裸足で歩き、彼は私が居るベッドに腰掛ける。慣れた手付きで髪を一纏めにすると、鎧を身に着け始めた。
さっきまであった筈の窓は消え、代わりに透き通った壁が辺りを覆っている。
どうやら、先ほどの記憶とは違う場面の記憶らしかった。
ああ、これは最後の。
ようやく私は理解する。これは最後の記憶なのだと。
あの時。
ゼムスを滅ぼし、セシル達が青き星へ戻ろうと踵を返した瞬間、私はこう言った。
―――月で眠る前に、一晩だけ彼と過ごしたい。
彼は驚いた顔をして、しかし、小さく頷いたのだった。
『セシル達が待ってるから』
形の良い薄めの唇が動くのを、ただただ黙って眺めていた。兜を装着したために、青い瞳はもう見えなくて。
『俺のことは忘れろ。……お前が俺に対して持っている感情は、勘違いに過ぎない』
昨晩から何度も何度も繰り返される、諦めを含んだ言葉。
『鳥の雛の刷り込みと同じだ。分かるだろう?お前が久しぶりに触れた人間が俺だった…それだけだ』
彼の口元は綻んでいた。しゃんと伸ばされた背筋が、左手に握られた槍のようだと思った。
『…それだけなんだ』
彼は背を向け、ゆっくりとした歩みで扉へ向かう。
凛としたその姿に、思わず私は『お前を忘れることなんてできない』と呟いていた。
ぴたり。彼の足が止まる。
無言のまま、こちらに戻って来る。
金属音をたてて、床に槍が転がった。ベッドが軋む。
触れるだけの口付けを受けて、私は目を見開いた。
戦慄く唇が紡ぎ出す。
『……俺はお前を忘れない。だけどお前は、』
私の両手首をシーツに縫いとめ、
『どうか、俺を忘れて幸せに』
口調は明るく、口元は笑んでいた。
けれど、隠れて見えない瞳が雫を溢すことで全てを語り、その光景が私の脳裏に焼き付く。
彼から遠く離れたこの星で、私は夢を見続ける。
不器用で、ひどく優しい彼の夢を。
End