唐突に。ゴルベーザ様が、俺を抱きしめ、俺の髪に鼻を埋めた。髪のリボンを解いた、その直後のことだった。
驚いて固まった俺のことなど気にも留めず、彼は、俺の髪のにおいをかいでいる。
「ゴルベーザ様……?」
部屋を染め上げているのは、夕闇の色。太陽は半分沈みかかっていて、部屋の明かりをつけなければと思うのに、ゴルベーザ様は俺を離してくれない。
「……お前の、においが」
「え?」
「お前のにおいがする」
もしかしたら、汗くさかったりするのではないだろうか。そういえば、まだシャワーも浴びていない。今から浴びるつもりだったのだから、当然だ。恥ずかしくなり、彼の腕から逃れようと身を捩った。
「シャ、シャワーを浴びてきます……っ!汗くさいでしょう?汚いですし、このままでは」
がっちりと抱きすくめられてしまい、身動きが取れなくなってしまう。ゴルベーザ様は訝し気な顔をして、俺の瞳を覗き込んだ。
「お前のにおいが消えてしまうだろう?このままで良い」
頬が、耳が、熱くなるのが分かった。後ろにはベッドがある。
これは恥ずかしい。こんなのは駄目だ。ゴルベーザ様に抱かれたことなら、何度もある。けれど、そんなことを言われたことは今までなかったのに。
こんなのは、駄目だ。
隙をついて逃げようとする。ゴルベーザ様は、そんな俺の体をベッドにうつ伏せに押さえつける。きつく押さえつけられているわけではない、手首をシーツに押しつけられているだけだ。それなのに、逃げられない。シーツに額を擦りつけ、唇を噛んだ。
「……あ……っ!」
うなじのにおいをかがれるのを感じた。舌が触れてくるのが分かる。息を吐くと、体の熱が高まっていくような気がした。
「カイン」
鎧を剥がれながら、耳元で囁かれる。優しい声に、何故か泣き出したくなってしまう。ゴルベーザ様の声に、悲しみが含まれているような気がするからなのだろうか。ただただ、切なかった。
「私が、怖いか?」
違う、そうではなくて――――いや、そうなのかもしれない。俺は、この人に恐怖を感じているのか。
優しくされることが怖かった。幸せは、いつか去って行ってしまう。優しくされればされるほど、俺はこの人から離れられなくなっていく。
初めて出会った時からこうだった。ゴルベーザ様は一見ぶっきらぼうなように見えるけれど優しかった。ミストで命を失いかけていた俺を救ったのは、彼だった。彼は俺の傷が回復するまで傍にいてくれた。彼の優しさを手放すことができず、俺は彼の計画に加担した。
彼の行動がこの世界をどういった方向へ導いていくのかは分かっていた。彼の思想は危険だった。
それでも俺は、この場所を離れられずにいる。
「あ、あぁ……っ、あ……!」
頬に口づけられた。胸を撫でられ、びくりと体を震わせた。俺達の関係は、『主従』という言葉で片付けるにはあまりにも爛れすぎていた。
「ゴルベー、ザ、様……」
「お前のにおいが好きだ」
どくん、と心臓が鳴るのを感じ、きつく瞼を閉じた。何もかもを脱がされた格好は酷く心もとなくて、胸の奥まで覗き込まれているのではないかと思う程だった。
「……あ……っ!」
オイルを垂らされるのを感じる。とろりと蕩けたそれは尻に垂らされ、太腿とシーツを濡らしていった。
シーツを掴んで、何ともいえない感触に耐える。うつ伏せのまま足を開かされ、シーツを掴んで息を殺す。
「……カイン」
「ひ…………っ!!」
指を挿入され、ぞくぞく、と背中に電流が走った。いやらしい音が鳴っている。オイルの音だとは分かっているのだけれど、恥ずかしくてならなかった。
出し挿れを繰り返しているその間も、ゴルベーザ様は俺のうなじを甘噛みし、髪のにおいをかいでいた。体中の全てを探られているような気がした。
「こんな、獣みたいな……」
「獣、か」
ゴルベーザ様は、俺の体に愛撫を施しながら微かに笑った。
「そうかもしれぬな」
ずるりと指を引き抜かれた。息をつく暇もなかった。咄嗟に逃げを打とうとした腰を掴み引き寄せられ、悲鳴をあげることもできぬまま、深いところまで入り込まれてしまった。
俺の体は、手荒い愛撫だけでも彼を受け入れられる体になってしまっていた。体が、彼のかたちを覚えていた。昨夜も遅くまでゴルベーザ様に抱かれていたから、当然といえば当然だった。
夜毎抱かれ慣らされていく。抱きしめられるだけで反応してしまう。逃れられなくなっていく。ゴルベーザ様が作り出した檻から抜け出すその方法が、分からない。
優しい声に、甘い言葉に、頭を撫でる手つきに、心を縛られて。蕩けるような快楽に、注ぎ込まれる期待に、時間を忘れてしまうほどの悦楽に、体を縛られてしまう。
「あぁ、あ……っ!!」
逃れられない、と思う。
彼の荒い吐息が、鼓膜を犯した。
「ひぃ、ああっ、あっ!んん……!」
乳首を抓られる。人差し指で潰される。腰をベッドに押しつけられれば、ペニスがシーツに擦れた。知らず知らずのうちに、腰を揺すってしまう。
射精したくて堪らなくなりペニスに手を伸ばそうとしたその瞬間、手首をシーツに縫い留められてしまった。
「……はな、して……ください……っ!!」
後ろへの刺激だけで逐情してみせろ、ということなのだろうか。後ろだけで達することなど、できるはずもないのに。
出し挿れがはやくなっていく。
「いかせて下さい、ゴルベーザ様……っ」
喘ぎながら、仰け反った。
***
カインの髪からは、太陽と風のにおいがした。かぐ度、どこか懐かしい気持ちになる。
「いかせて下さい」と、彼は喘ぐように言う。「このまま達してみせろ」と囁くと、彼は何度も首を横に振った。
彼の両手をシーツに押さえつけ、耳朶を噛み、中を抉る。噛みしめた唇には、血が滲んでいた。
「……声を我慢するな」
俯せになっていた彼の体を仰向けにし、血に濡れた唇を奪った。手首を押さえつけたまま、彼の両足を大きく開く。最奥まで押しこむと、悲鳴じみた声をあげた。
「んん…………っ!」
抜き差しを、幾度となく繰り返す。
私達は、理性を失った獣のようだった。月に狂わされている魔物のようでもあった。
カインの体が震える。限界が近いのだろう、「体が、おかしいんです」と小さく呟いて、彼は私の瞳を見た。
上目遣いの青い瞳に、劣情が高まっていくのを感じた。カイン自身も限界なのだろうか。中が、収縮を繰り返している。
「俺……変、です、ゴルベーザ様……っあ!」
「出すぞ……カイン」
「ゆ、ゆっくり、して、くださ、あぁっ、あっ!ひっ!!」
「私のものを締め付けて離さないのはお前、だ……っ」
「おかしく、なる、こんな、の……い、ああぁ……!」
先程までよりもきつく、搾り取るように締めつけられ、彼の中に精液を放った。目眩にも似た快楽が、体中を支配する。
カインもほぼ同時に達し、ペニスの先端からとろとろと精液を溢れさせていた。
自らのものを引き抜き、大きく脚を開かせ、達しているさまを眺める。いつもの射精とは全く違い、彼は長い時間達し続けていた。
「――――もう、あんなことはお止め下さい」
鎧を身につけながら、カインは言った。後ろ姿からでも『照れているのだ』と判別できるほど、彼の耳は真っ赤だった。
「あんなこと、とは?もう私には抱かれたくない、ということか」
私がそう言うと、カインは赤面したままこちらを振り向いた。
「違います、俺はシャワーを浴びさせていただきたいだけなんですっ!ゴルベーザ様に抱かれたくないだなんてことは…………っ!」
兜ががらんと音をたてて落ちる。
更に真っ赤になってしまった彼の顔は魅力的で、「そうか、そんなに抱いて欲しいのか」と言えば、彼は絶句したままその場にしゃがみ込んでしまった。
End