恋人同士というものは、やっぱり、こう、そういうことをするのが普通なんだろうと思う。
でもルビカンテと俺はあまりにも違いすぎる存在だったから、俺は、どうすればよいのか分からなかった。
俺は人間で、ルビカンテは魔物で――――ついでに男同士で。
どっちかが、アレをナニしてこうしてここに入れるんだろうな、という想像はついていたけれど、それは想像の域を出ない代物だったから、俺は途方に暮れるしかなかった。
体格とか、そういったものを総合して考えると、俺が入れられる側になるのだろう。
ルビカンテとは、何度かバブイルの塔にある風呂で一緒にお風呂に入ったことがある。だから、ナニの大きさも知っている。平常時だけど。
その大きさに、確か「ありえない」と思ったのだった。
ルビカンテの体の大きさからすれば、多分それは普通の大きさなのだろう。
でも、俺からすれば、ルビカンテのものは凶器みたいなものだった。
「……俺の中に、あれを…………入れる……?入んのか……?そもそもどこに……いや、穴は一つしかねえわけだからつまり……」
「さっきから、何をぶつぶつ言っている?」
突然の声に驚いて、俺は後ろを振り返った。
ああ、そうだ。ここはルビカンテの部屋で、ルビカンテはゴルベーザとかいう上司に呼び出されてたんだった。
いつの間に、部屋に帰ってきてたんだろう。それくらい、考え込んじまってたってことなのか。
独りで悩むのは嫌だ。俺とルビカンテのことなんだから、ルビカンテにも相談してみよう。でも、何て言えばいいんだろう。
ルビカンテをじっと見る。腰掛けていたベッドにごろんと横になって、「なあー、ルビカンテー」適当な声を出した。
ルビカンテは、少し困った顔をしている。
思い切って、訊いてみた。
「セックスのやり方って、分かるか?」
そう、そうそう。セックスのことだよ。とどのつまり、セックスのことなんだよ。魔物と人間は、どうやってセックスするんだって話だよ。よし、上手く訊けた。
俺の言葉を聞いたルビカンテは、目を丸くして首を傾げた。「おい」という情けない声を吐き出してから、
「お前、二十六にもなってそんなことも知らんのか」
と言ってきた。
え?この歳になったら、誰でも知ってるもんなのか?魔物とのセックス方法ってやつを。人間同士のやつは本なんかで知ってるけど、魔物とのやつは知らねえぞ。
何だか恥ずかしくなってきちまったけど、今更後には引けない。
俺は、恥ずかしさを堪えながら、「知らねえ」と言った。
するとルビカンテは、イケナイものを見る目つきで俺を見始めた。
「エッジ、女性と交際した事はあるか」
堅っ苦しい言い方をするやつだなと思いながら、俺は首を横に振った。
お姉ちゃん達のことは好きだったが、実際にそういうことになったことは一度もなかった。
「口づけをしたことは?」
ないので、また横に振る。「ああでも、」と、俺は付け足した。
「お前となら、あるだろ。あれだけだな」
ルビカンテとなら、一度だけしたことがある。
あれは、互いの想いを伝え合った、その日の夜のことだった。
きつく抱きしめられて、「好きだ、愛している」と囁かれた。見つめ合って、どちらともなくキスをした。息が上がってしまうほどのキスは、俺の頭をぼうっとさせた。
唇を離した後、ルビカンテは何かを堪えるような顔をして、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でたのだった。
「……お前は、私とセックスがしたいのか?」
ルビカンテは困り果てていた。しかめっ面をして、俺に訊いてきた。
それは、俺自身にも分からなかった。でも、したくないと言えば、それは嘘になるような気がした。
「してみてえ」
頬杖をついて言った。
ルビカンテがベッドに座ったので、今度はその腿に頭を預けながら言った。
「……おめぇと、してみてえ」
ルビカンテの手が伸びてきて、俺の頬を撫でた。人のものより体温の高いその手のひらが心地良くて、そっと頬ずりする。
見上げた先にある黄色い瞳には、いつもとは違う色の何かが混じっていた。
***
二十六歳にもなってセックスの方法を知らないとは、思ってもみなかった。
王子という生き物は、やはり箱入りになりがちなのだろうか。
見上げてくる瞳は真剣で、流されそうになっている自分がいた。
以前から、もっと触れたいと思っていた。けれど壊してしまうことが怖くて、手を出すことができなかった。
「……ん」
指で髪を梳くと、エッジは甘える仕草で目蓋を閉じた。
愛おしい。
胸に込み上げてくる感情に、指先が震える。
両脇に手を差し入れ、抱き上げ――唇を奪った。
「んう……ぅ……っ」
蕩かされてしまいそうなほど、柔らかい舌。絡めとると、必死で応えてくる。
首に回された細い腕に、思考が飛んでしまいそうになった。
暴走してはいけない。ゆっくりと、慎重にことを進めなければ。
「……ルビカンテ……」
掠れた声は、煽る響きで私を誘う。あまりにも軽い体重に不安を覚え、視線を彼の腰元に落とした。
彼の体は細めだが、私が人間であれば、彼を抱くことに何の問題もなかっただろう。だが悲しいかな、私はモンスターだ。彼の体を傷つけてしまうのではないかと、それが気になって仕方がなかった。
私の膝に跨りながら、彼は自らの服に手をかける。
彼の裸は何度も見ている。なのに、鼓動は喧しく鳴る。
上着を放り投げ、薄手のシャツ一枚の姿になり、エッジは私の顔を仰ぎ見た。
「へへ……胸がばくばく鳴ってうるせえや」
薄っすらと日焼けした肌に、視線が釘付けになる。彼も同じ気持ちなのだと思うと、とても嬉しい。
恐る恐るシャツを上げ、胸元に触れてみる。小さな乳首を摘むと、「ひっ」と小さく息を詰めた。
「……んなとこ、触ったって……胸はねえぞ……っ」
その“ない胸”を、指先で弄る。仰け反る体を腰に手を回すことで逃げられないようにし、空いているほうの手で弾いたり摘んだり、時にはまるで乳房でもあるかのように胸全体を愛撫する。
エッジは自分の胸を見た後、私から目を逸らし、頭を小さく掻いて言った。
「……やっぱ、乳のでかい姉ちゃんの方がいいよな。俺で……その……勃つのかよ?」
そんな言葉が飛んでくると思ってもみなかった私は、
「胸の大きさなど関係ない」
と、いつもより大きめの声で言ってしまった。
あまりの声の大きさにエッジはきょとんとし、頬を赤らめている。しまったと思いつつ、彼の手を既に立ち上がり始めている私のものへと導いた。
「……っ!」
「恥ずかしい話だが……お前を抱くことができるというだけで、もうこんなになってしまっている」
エッジは唇を震わせながら、「恥ずかしくなんかねえよ」と首を横に振った。
「……だって、俺も……こんなになっちまってるし」
下衣を下ろし、彼は自らのものを取り出す。
驚いたことに、彼のペニスは屹立していた。
体を横たえ、私の顔を跨がらせた。全てが丸見えになってしまういやらしい体勢に、エッジの体はどんどん赤くなっていく。
私の胸に手をつきながら、彼は恥ずかしげに腰を揺らめかせる。
彼の顔を見ることはできないけれど、きっと、頬を真っ赤に染めていることだろう。
舌を伸ばし、窄まりを舐める。甘い喘ぎを漏らしながら、エッジは腰を浮かせた。
「……や……、ルビカンテ……何か、変だ……っ」
解しながら指を挿し入れると、いやいやをするように首を横に振る。その様はあまりにも子どもっぽいのに、びくりと震える彼の反応は、あまりにも淫奔だった。
壊さぬよう、傷つけぬよう、少しずつ少しずつ、中を広げていく。
彼の体がくったりと力を失いだす頃になってやっと、「これでなら大丈夫だろうか」と思えるくらいにまで解すことができた。
弛緩した体を横たえ、肩で息をついている彼を見る。快感に溺れた表情を隠そうともせず、エッジはただただ私を見つめていた。
「……おかしく、なりそうだ……」
潤んだ緑の瞳は澄んでいて、刳り出してしまいたくなるほど美しい。
変になりそうなのはこちらだと言うと、彼は「何だよそれ」と笑った。
「さっさと入れろよ。…………滅茶苦茶キツそうに見えるぞ、それ」
限界までいきり立った私のものを見て、彼は言った。笑顔の奥に恐怖が透けて見えるのは、気のせいなのだろうか。
いや、気のせいではないだろう。彼は、私のものを受け入れることに恐怖を感じているのだ。
少しでも楽な体勢をとらせてやりたいと思い、クッションを彼の腰の下に敷いた。
足首に引っかかった下着と、汗に濡れたシャツ。先走りを垂らすペニスは止め処なく涙を溢れさせ、後腔はひくつき、唾液で濡れていた。
「ん…………あ……っ」
先端を押し当てる。ぞくりとした何かが、私の背を駆け抜けていった。
シーツを握り締める手が、白くなってしまっている。酷く痛々しい光景。無理矢理に犯しているような、そんな錯覚に襲われた。
「ひい、ぁ……あぁ、あ……!」
徐々に埋め込み、無意識のうちに逃げようとする彼の腰を押えつけ、一番太い部分を滑り込ませる。口をぱくぱくとさせながら、彼は体を震わせた。
「……でけ、え…………っ」
限界まで拡げられてしまった後腔は、少し動いただけで切れてしまいそうなほど赤く腫れている。
何か気の利いた言葉をかけなければ、と思うのに、何も言うことができない。
きつく締めつけてくる内部は熱く、心まで焼かれてしまいそうだった。
彼と初めて出会った夜は、とても寒い夜だった。
月は雲の影を出たり隠れたり、それを何度も繰り返しながら、彼の銀の髪を照らし続けていた。
靴を脱ぎ捨て下衣の裾を膝まで上げ、裸足で水を蹴っている。
その後ろ姿は線が細いくせに、何故か頼りなさを感じない。それもその筈、近づいて見れば、彼の体は“戦う者”の体つきをしていた。
「……俺に、何か用か」
彼に近づいたのは、彼をもっと近くで見てみたい、と思ったからだ。気づかれない自信はあったのに、想像以上に彼の勘は鋭かった。
「それで、気配を消したつもりか?」
ひんやりとした感触を首筋に覚える。気づけば、彼は私の肩に座り、首に刀身を押し当て、唇の端を上げていた。
まるで、獣のようだ。鋭く尖った殺気が、私の全身に突き刺さる。
「俺を喰おうったって無駄だ。喰われる前に、殺してやるよ」
物騒な物言いとは不釣合いな、仕立ての良い服。身分が高い者なのだと察する頃には、胸に疼きを感じるようになっていた。
久しく感じたことのない、人間臭い感覚だ。
肩に腰掛けたことで少し高い位置にある、彼の瞳を見つめる。逸らされぬその瞳は眩しく、生気に満ちていた。
「……お前の名は?」
白い足が、ゆら、と揺れた。風を漕ぐように、彼は足を揺する。
誘われて足裏を指先で擽ると、
「ひ……っ!」
息を詰めたまま、彼は真っ逆さまに落下した。
すんでのところで抱きとめる。刀が彼の手から滑り落ち、私の足を掠めた。
切れ味の良い刀は皮膚を裂き、彼は焦った顔で「血が」と口にする。
「殺してやる」と口にしていたくせに、この反応は一体何なのだろう。
「私を殺すのではなかったのか」
言葉に詰まった彼が、表情を隠すためなのか、下げられていた布で口元を覆う。
「下ろせよ……っ」
彼の顔が隠れてしまったことを残念に思いながら、言うとおり、地面に下ろす。
懐を探りながら、
「……俺、ポーション持ってるから……だから」
目を細め、呟いた。
「ん、んん……あ……っ」
頭の芯を痺れさせる、甘い喘ぎ。
最初は、友情であったはずだった。だが、友情はいつしか膨れ上がり、別のものへと変化していった。
『お前が俺に殺意を抱いていなかったことくらい、始めっから知ってたさ』
あの時、ポーションを差し出しながら彼は言った。私は回復魔法を使うことができるのに、なかなか言い出すことができなかった。
どうやら、鋭く尖った彼の殺気はわざと放たれたものだったらしい。私をからかうために作られた殺気にしては、真に迫った殺気だった。鍛錬を重ねているからこそ、自由自在に殺気を纏うことができるのだ。
けれど、人を傷つける手管――剣術や忍術――には長けているというのに、彼の中には根本的な何かが足りなかった。
「あぁ、あ……っ、あ」
中を擦る。
痛みから来たものであろう涙が彼の頬を伝い、幼い表情が垣間見えた。両手首を押さえつけ、足を閉じることができぬよう体を割り込ませ、細い体を貪る。
彼の脚が私の腕と変わらぬ太さしか持っていないことに気づき、とりかえしのつかないことをしているのではないかという考えが、頭の中を覆い尽くし始めた。
彼の体は快楽を訴えている。それは、ペニスの反応で分かる。
蕩けた眼差しは大人のものなのに、その奥には、彼特有の子どもっぽさが身を潜めている。危うい均衡に、思考を引き摺られてしまう。この子どもっぽさは、“箱入り”であるからかもしれないのだけれど。
世間を知らないものを穢す感覚は薄汚く、同時に醜い。
「ルビカンテ……」
その声に、はっとした。
彼は、唇の端を上げる。
「うれ……し、い」
「……エッジ」
「何かわかんねえ、けど……おめぇと繋がれて、すっげえ……嬉しい……」
私の悩みを吹き飛ばしてしまうほど極上な笑みを浮かべながら、言う。
そうだ、私は彼のこういうところに惹かれたのだった、と思いながら、ゆっくりと頷いた。
後日、顔を真っ赤にしたエッジに「この歳でセックスのやり方を知らないわけねえじゃねえか!お、俺を馬鹿にしやがって!俺は“モンスターと人間の”セックスのやり方を知らねえって言ったんだよ……!」と言われてしまったのだが、その真っ赤な顔がとても魅力的だったので、何だか得をした気分になった。
こんなことを口にしたら、彼にまた怒鳴られてしまうのだろうけれど。
End