真っ白な背中に、大きな傷がいくつもある。
冷たいシーツを握りしめ、カインはこちらに全てをさらす。
私が傷に触れれば、彼の背中に新たな傷が増える。彼は悦びの声をあげる。私は笑う。シーツが血に濡れる。
じんじんと痺れを伴う傷口に傷口を重ね、彼の神経を麻痺させていく。
「もっと」
傷つけてください、と。
私は、傷口を塞ぐ術を知らない。人を傷つける術しか知らない。
彼の心を“癒す”方法を、私は持っていない。
だから私は、彼の過去の傷を新たな傷で消そうと躍起になる。
セシルのことも、ローザのことも、バロンのことも、忘れてしまえばいい。私のことだけを思っていればいい。
真っ白なシーツが血に塗れていく。雪原に咲いた赤い花が、蕾を開く。
「……ゴルベーザ、さま……っ」
カインは、私の心を知っている。
ひたすら孤独で、虚無ばかりを抱え込んでいる私の胸の内を知っている。その虚無の中に、彼しか存在していないことも知っている。
けれど、彼の中には様々な人間が存在している。
「……申し訳ありません…………」
彼は謝り、泣く。
「どうしても、ゴルベーザ様一人だけを思うということはできないのです」と。
私は、カインの唯一になりたかった。
セシルのように、親友になることもできない。
ローザのように、彼を癒すこともできない。
バロン王のように親代わりになることもできず、彼の部下達のように彼を慕うこともできない。
ただただ傷口を抉り、見せつけ、泣かせるだけなのだ。
獣じみた動きで彼のうなじに噛みついて、後ろから貫いて、腰を振る。
発情期の動物の声で彼は啼き、煌めく金糸を乱れさせる。
汚らしく血に塗れた私の手が、彼の体を穢して壊してしまう。分かっていても、この感情と衝動を抑えることなどできない。
カインの命はこの手の中にあって、洗脳下にある彼は、「死ね」と命令すれば躊躇いなく死ぬことだろう。
全て思い通りになる。
なのに何故、私は喪失感に喘いでいるのか。
カインの体が震え、白濁を吐き出した。自らを引きぬいて体を仰向けにし、こちらを向かせると、虚ろな瞳と目が合う。
両足首を掴んで、もう一度突き入れた。
「…………っ!」
また、達してしまった。少量の白濁が散り、薄紅色に染まった体を彩る。
唇を合わせると、求める仕草で舌を差し出してきた。
「んん、ん……っ、う……あ……ぁ……んっ」
間近にある、青い瞳。
磨硝子のような彼の瞳に、私が映ることはない。
まやかしでしかない主従関係を終わらせれば、カインの瞳は以前のような輝きを取り戻すことだろう。だが、私にはその勇気がない。
彼を失うのが、怖い。
これ以上失うものなどない、そう思って今日まで生きてきた筈なのに。
――ゴルベーザ様。
私の頭を抱き寄せ、彼は私の中に語りかけてくる。
――もっと、傷つけてください。もっと、俺を汚して下さい。
そうして蚊の鳴くような声で、
「…………貴方しか見えないように……俺の中を、貴方でいっぱいにして下さい…………」
いくら注ぎ込んだところで、彼の“中”がいっぱいになることはない。
彼が本当に求めているのは、私の腕や温もりではないからだ。
溢れる涙を舌先で掬い、律動を再開する。
一瞬でも構わない、少しでも楽にしてやりたい。
そう思い、快楽の白い海の中に、彼の体を沈めていった。
End